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ジョン・メイナード・ケインズ『雇用、利子、お金の一般理論』(1936) 第 III 巻:消費性向

第 9 章 消費性向 II: 主観的な要因

(山形浩生
原文:http://bit.ly/pUK2lp

セクション I

 ある所得の中で消費にまわる金額に影響する要因には、もう一つのカテゴリーがあります。それはある賃金単位で見た総所得と、前章で見た各種の客観的要因が同じ場合に、消費されるお金を決める主観的、社会的なインセンティブです。でもそうした要因の分析に目新しい点はないので、詳しい説明はなしで、重要度の高いものだけ一覧すれば十分でしょう。

 人が所得の支出を控える主要な動機や目的は、主に八つあります:

 こうした八つの動機はそれぞれ、用心動機、予見動機、計算動機、改善動機、独立動機、事業動機、自尊心動機、守銭奴動機と呼べるかもしれません。そしてそれに対応する消費の動機一覧も挙げられるでしょう。たとえば享楽動機、近視眼動機、鷹揚さ動機、計算ミス動機、虚栄動機、大盤振る舞い動機、といった具合です。

 個人が貯め込む貯蓄以外に、英米などの現代工業社会における総蓄積の三分の一から三分の二は、中央政府や地方政府、団体や企業などが抱えている所得の一部です — その動機は個人を動かすものと同じではありませんが、概ね似たようなもので、主に次の四つです。

(i) 事業動機

 — 債務を背負ったり、市場で資本調達をしたりすることなしに、もっと資本投資を行うためのリソースを確保する;

(ii) 流動性動機

 — 緊急事態やトラブルや不景気のために流動性あるリソースを確保する

(iii) 改善動機

 — 所得が着実に増加するようにすること。これは同時に経営陣が非難をかわすにも有益。というのも蓄積による所得改善は、効率性改善からくる所得改善とあまり区別されないことがほとんどだから。

(iv) 財務堅実性と「黒字側」動機

 —— 利用者費用やその他費用を上回る財務手当を用意しておくことで、負債を減らして資産費用を実際の摩耗や陳腐化よりも先回りして償却し、「黒字側」にいるようにする。この動機の強さは資本設備の量と性質、および技術変化の速度におおむね依存。

 所得の中からの消費を控える動機の裏返しとして、所得以上の消費をもたらす動機もありえます。上に羅列した、個人の貯蓄増をもたらす動機のいくつかは、後にそれに対応したマイナスの貯蓄が意図されています。たとえば家族の将来ニーズや老後の備えなどです。借り入れによる失業救済などは、マイナスの貯蓄と考えるのがいちばん適切でしょう。

 さてこうした動機の強さは、想定している経済社会の制度や組織に応じてすさまじく変わります。それは人種、教育、慣習、宗教、現在の道徳、現在の希望や過去の経験、資本設備の規模や技術水準、その時点での富の分配や確立された生活水準などに左右されるでしょう。でも本書での議論では、大幅な社会変動の結果や、世俗変化のゆっくりした影響は、たまに脱線するとき以外は考慮しないことにします。つまり貯蓄や消費それぞれの主観的な動機の主な背景については、決まっているものと考えましょう。富の分配は、概ね社会の永続的な社会構造で決まる部分が大きく、これまたいまの文脈では所与のものとして扱い、長期的にゆっくりとしか変わらないものと考えることにします。

セクション II

 そういうわけで、主観的・社会的なインセンティブの背景はゆっくりとしか変わらないし、また金利などの客観要因変動の短期的な影響は二次的な重要性しかないことが多いことがわかりました。すると消費の短期的変動は、主に所得(を賃金単位で測ったもの)を稼ぐ速度の変化のせいであって、ある所得に対する消費性向の変化によるのではない、という結論が残ります。

 でも、一つ誤解には気をつけましょう。上で言っているのは、金利のちょっとした変化が消費性向に与える影響は、通常は小さいということです。だからといって、金利変化が実際の貯金額や消費額に小さな影響しか与えないということではありません。正反対です。金利が実際に貯蓄される絶対額に与える影響はきわめて大きいのですが、その方向性は通常考えられているのとは正反対です。というのも、高い金利によって将来所得が増えるという魅力が消費性向を減らしがちだとしても、金利上昇で実際の貯蓄額は減るのがほぼ確実だからです。というのも総貯蓄を左右するのは総投資です。金利上昇は(それに対応して投資の需要関係(スケジュール)が変わって相殺されない限り)投資を減らします。ですから金利上昇は、所得を引き下げて貯金も減らし、投資と同じ水準にまで引き下げる効果を持つはずです。所得は投資よりも減少の絶対額が大きいので、金利が上がれば、消費比率も下がるというのは確かに事実です。でもだからといって貯蓄の分が増えるということにはなりません。反対に、貯蓄と消費はどっちも下がります。

 ですから、所得一定なら金利上昇で社会の貯蓄は増えますが、金利が上がると(投資の需要関係(スケジュール)がよい方向に変わらない限り)実際の総貯蓄はほぼまちがいなく減るはずです。この議論を進めると、金利が上がったときに(他の条件一定で)所得がいくら下がるかもわかります。所得の減少額は、そのときの消費性向の下で、金利上昇が(そのときの限界資本効率の下で)投資を減らすのとまったく同額だけ貯蓄を減らす金額となります。この側面についての詳細な検討は次の章でやります。

訳注:まあケインズはこんないやらしい、関係代名詞に条件節がたくさんぶら下がった文を山ほど書くので、わかりにくいと言われるのはしかたないところ。でもこれはあきらかに悪文の一種であって、名文とか美文とかでは絶対にあり得ない: For incomes will have to fall (or be redistributed) by just that amount which is required, with the existing propensity to consume to decrease savings by the same amount by which the rise in the rate of interest will, with the existing marginal efficiency of capital, decrease investment.

 金利上昇は、所得が変わらなければもっと貯金を促すかもしれません。でも金利が上がって投資が減退すれば、所得は理屈上でも実際面でも変わります。絶対に所得は下がって、貯蓄余力が低下し、それが高金利による貯蓄刺激を完全に相殺します。人々が立派で、倹約家で、国や個人の財務において頑固に保守的であるほど、金利が資本の限界効率に比べて上がったときの所得低下幅も増大します。そこで頑固になっても、罰があるだけでごほうびはありません。というのも、この結論は不可避なのです。

 したがって結局のところ、総貯蓄と総消費の比率は用心動機、予見動機、計算動機、改善動機、独立動機、事業動機、自尊心動機、守銭奴動機には依存しません。美徳も悪徳も無関係です。資本の限界効率を考えたとき、金利が投資にどれほど有利かで決まるのです1。いいえ、これは言い過ぎなどではありません。もし金利が継続的な完全雇用を維持するように統括されていれば、美徳がその勢いを取り戻すことでしょう——資本蓄積の度合いは、消費性向の弱さにかかってきます。ですからここでも、古典派経済学者が美徳をやたらに重視したがるというのは、金利が常にそのような形で統括されているという隠れた前提を示すものなのです。


  1. このセクションの一部には、第四巻で導入されるアイデアをあらかじめこっそり入れておきました。

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2011.12.26 YAMAGATA Hiroo (hiyori13@alum.mit.edu)


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