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ジョン・メイナード・ケインズ『雇用、利子、お金の一般理論』(1936) おまけ:独仏版序文

おまけ:独仏版序文


ドイツ語版への序 (1936)

(山形浩生
原文:http://bit.ly/oUumhz

  アルフレッド・マーシャル『経済学原理』は現代のイギリス経済学者がみんな勉強に使った本ですが、そのマーシャルは自分とリカードとの思想的連続性を強調しようとして、ずいぶん苦労していたものです。その作業はもっぱら、限界原理と代替原理をリカードの伝統に接ぎ木しようというものでした。そして、ある決まった産出の生産と分配はきちんと考えたのですが、社会全体の産出や消費に関する理論は独立に検討しませんでした。マーシャル自身がそうした理論の必要性を感じていたか、私にはわかりません。でもその弟子や後継者たちは、まちがいなくそんな理論なしですませてきたし、どうやらそれが必要だとも思っていません。私はこういう雰囲気の中で育ってきました。自分でもそうした教義を教えたし、それが不十分だと意識するようになったのも、過去十年ほどのことでしかありません。だから私自身の思考と発展の中では、この本は反動の結果で、イギリス古典派(あるいは正統派)の伝統から離れるための変転を示すものです。以下のページではこの点と、そして教えを受けた教義からの逸脱点が強調されていますが、それはイギリスの一部では、無用にケンカ腰だと言われています。でもイギリスの経済学正統教義で育ってきた人物、いやそれどころか、一時はその信仰の司祭だった人物としては、プロテスタントに初めてなろうとする時に多少のケンカ腰の強調は避けられますまい。でもたぶん、これはドイツの読者諸賢にはいささかちがった受け取られ方をするのではないかと愚考します。十九世紀イギリスを席巻した正統派の伝統は、ドイツの思考をそこまでがっちりとは捕らえなかったからです。古典派の理論が現代の出来事を分析するにあたり十分かどうかを強く論難した経済学者の学派が、ドイツにはずっと存在していました。マンチェスター学派とマルクス主義は、どちらも最終的にはリカードから派生したものです――この結論が意外に思えるのは、皮相的な見方でしかありません。でもドイツには常に、このどれにも帰属しない大きな見解の一群が存在してきたのです。

  でもこの学派が、正統派に比肩する理論的構築物を造り上げたとはとても言えません。いや、それを試みたとさえ言えないでしょう。それは懐疑的で現実主義的で、歴史的、経験的な手法や結果で事足れりとして、定式化された分析を排除しました。理論面で最も重要な非正統派の議論は、ヴィクセルによるものでした。彼の著書はドイツ語では手に入りました(最近まで英語では手に入らなかったのです)。実際、彼の最も重要な著書の一つはドイツ語で書かれたものです。でもその信奉者たちは、主にスウェーデン人とオーストリア人でした。そしてオーストリア人たちはヴィクセルの思想をはっきりしたオーストリア学派理論と結びつけて、それを復活させて古典派の伝統と対決させようとしました。ですからドイツは、ほとんどの学問分野での習慣とは裏腹に、支配的で一般的に受け容れられた定式化された経済学理論まったくなしで、丸一世紀も手をこまねいていたのです。

  ですからドイツ人からは、正統派の伝統から重要な形で逸脱するような、全体としての雇用と産出の理論を提示しても、イギリス人ほどの反発は出ないかもしれません。ではドイツの経済学的不可知論は克服できると期待してよいでしょうか? ドイツ人経済学者たちに、現代の事象解釈や現代の政策構築にあたって定式化分析だって何か重要な貢献ができると納得してもらえるでしょうか? というのも、理論を愛するのはドイツ的なことだからです。長年理論なしで暮らしてきたドイツ人たちは、どれほど飢えて渇いていることでしょうか! 私が試みる価値は十分にあるはずです。そしてドイツ人経済学者たちが、ドイツ固有の条件を満たすフルコースの理論を用意するにあたり、私がちょっとしたかけらでもあれこれ提供できるなら、私はそれで満足です。というのも告白いたしますと、以下の本はアングロサクソン諸国に存在する条件を参照しつつ、例示展開されているのですから。

  それでも、本書が提示しようとするのは経済全体としての産出の理論です。これは自由競争とかなりの自由放任主義の下で生産された、一定の産出の生産と分配の理論に比べれば、全体主義国の条件にずっと適合しやすいものです。消費と貯蓄に関する心理法則、借り入れ支出が物価や実質賃金に与える影響、金利の果たす役割――これらは私たちの思考方式でも、不可欠な要素として残っています。

  この場を借りて、我が翻訳者ヴェーゲル氏(彼による本書巻末の用語集が、目先の目的を超えて役に立つことを願っています)のすばらしい作業に敬意を表します。さらに出版社ダンカー&フムブロットにも感謝します。同社は十六年前に拙著『平和の経済的帰結』を刊行したときから、私がドイツの読者と接触を保てるようにし続けてくれたのでした。

J. M. ケインズ
1936年9月7日 <-- 24章  目次  フランス語版序文 -->

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2011.12.27 YAMAGATA Hiroo (hiyori13@alum.mit.edu)


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