テキスト(sjis)版はhttps://genpaku.org/oz/wizoz.txt
© 2003-2006 武田正代+山形浩生
本翻訳は、この版権表示を残す限りにおいて、訳者および著者にたいして許可をとったり使用料を支払ったりすることいっさいなしに、商業利用を含むあらゆる形で自由に利用・複製が認められる。(「この版権表示を残す」んだから、「禁無断複製」とかいうのはダメだぞ)
プロジェクト杉田玄白 正式参加作品。詳細はhttps://genpaku.org/を参照のこと。
第 1 章 竜巻
第 2 章 マンチキンたちとの会談
第 3 章 ドロシー、かかしを救う
第 4 章 森をぬける道
第 5 章 ブリキの木こりを救出
第 6 章 臆病ライオン
第 7 章 えらいオズへの旅
第 8 章 おそるべきケシ畑
第 9 章 野ネズミの女王さま
第 10 章 門の守護兵
第 11 章 すばらしいオズのエメラルドの都
第 12 章 邪悪な魔女をさがして
第 13 章 救出
第 14 章 翼ザルたち
第 15 章 おそろしきオズの正体
第 16 章 大ペテン師の魔術
第 17 章 とびたつ気球
第 18 章 南の国へ
第 19 章 たたかう木に攻撃される
第 20 章 優美なせとものの国
第 21 章 ライオン、獣たちの王に
第 22 章 カドリングたちの国
第 23 章 よい魔女グリンダ、ドロシーの願いをかなえる
第 24 章 おうちに帰る
ドロシーは農夫のヘンリーおじさん、その奥さんのエムおばさんと一緒にカンザスの大草原の真ん中で暮らしていました。家は、建てるための木材をずっと遠くから荷馬車で運んで来なければならなかったので、小さなものでした。四つの壁と、屋根と床が一つずつあって、それで一つの部屋でした。この部屋にはすすけたレンジ、お皿の戸棚とテーブルが一つずつと、三つか四つの椅子とベッドがありました。ヘンリーおじさんとエムおばさんの大きいベッドが隅に一つ、別の隅にドロシーの小さなベッドが一つありました。屋根裏部屋も、地下室も(通り道にあるどんな建物も押しつぶしてしまうほど強い旋風が起きた時、家族が入るための地面に掘った竜巻用地下室と呼ぶ小さな穴のほかには)ぜんぜんありませんでした。穴は床の真ん中にある落し戸につながっていて、そこからはしごが小さな、暗い穴へと降りていました。
ドロシーが戸口に立って見まわすと、どっちを向いても灰色の大草原しか見えません。見渡す限りの広い平原はどの方角へも空の端まで続き、木の一本、家の一軒もありませんでした。太陽が耕地をからからにして、小さなひびの入った灰色の土地にしてしまいました。草でさえ緑色ではありませんでした。太陽は他のどこでもと同じぐらい灰色になるまで、長い葉の表面を焦がしてしまったのです。いちど家に色を塗っても、太陽がペンキをぶかぶかにして、雨が洗い流してしまい、今では他の何もかもと同じぐらい灰色で退屈になってしまったのでした。
エムおばさんがそこに来て住み始めた時、おばさんは若くてきれいな奥さんでした。そのおばさんも、太陽と風が変えてしまいました。おばさんの目から輝きを奪って、地味な灰色にしてしまいました。おばさんの頬と唇から赤みを奪い、それも灰色にしてしまいました。おばさんは細くやつれて、今では決して笑わないのでした。孤児だったドロシーがおばさんのところに初めて来た時、エムおばさんは子供の笑い声にとてもびっくりして、ドロシーの明るい声が耳に届く度にキャッと叫んで胸の上に手を押し付けたものでした。それでもまだおばさんは、何か笑うようなことを見つけられた小さな女の子を不思議そうに見つめたのでした。
ヘンリーおじさんは決して笑いませんでした。朝から晩まで懸命に働いて、喜びが何なのかを知りませんでした。おじさんも長い髭から粗いブーツの先まで灰色で、頑固でまじめくさった顔をして、めったにしゃべりませんでした。
ドロシーを笑わせて、まわりと同じ様な灰色になるところを救ってくれたのはトトでした。トトは灰色ではありませんでした。トトは小さな黒い犬で、毛はつやつやで長く、ひょうきんでちっちゃい鼻の両側に小さな黒い目が陽気にきらめいていました。トトは一日中遊び、ドロシーも一緒に遊んでトトをとても可愛がりました。
でも今日は、遊んではいませんでした。ヘンリーおじさんは戸口の段に座って、いつも以上に灰色な空を心配そうに眺めていました。ドロシーもトトを抱いて戸口に立ち、空を眺めました。エムおばさんはお皿を洗っていました。遥か北の彼方から風が低くむせぶ音が聞こえ、ドロシーとヘンリーおじさんには長い草が嵐を前に波打っていたのが見えました。今度は鋭い風がヒューヒューと南からきて、目をそちらに向ければ、草原のさざなみがその方角からもきているのが見えたのです。
ヘンリーおじさんは突然、立ちあがりました。
「竜巻が来るぞ、エム」おじさんはおばさんに言いました。「家畜を見てくる。」そうしておじさんは牛と馬を飼っていた小屋へ走って行きました。おばさんは仕事をやめて戸口に来ました。おばさんはひと目で危険が迫っていると知りました。
「ドロシー、早く!」おばさんは叫びました。「地下室へ走りなさい!」
トトがドロシーの腕から飛び出てベッドの下に隠れてしまったので、ドロシーはトトを捕まえようとしました。ひどく怯えたエムおばさんは、床の落し戸を振り上げて、小さな暗い穴の中へ梯子を降りていってしまいました。ドロシーはやっとトトを捕まえて、おばさんの後をついて行こうとしました。ドロシーが部屋の半ばまで横切った時、風の甲高い音が聞こえ、家が激しく揺れたのでドロシーは足場をなくして、急に床の上に座り込んでしまいました。
そして奇妙なことが起こりました。
家は二、三度ぐるぐる回ってゆっくりと宙に昇ってゆきました。ドロシーは風船の中で昇っていっているような感じがしました。
家が立っているところで北と南の風がぶつかって、竜巻のちょうど真ん中になってしまいました。ふつう竜巻の真ん中の空は静かなのだけれど、風が強い圧力で家を取り巻いて、どんどん高く、竜巻のてっぺんまで持ち上げたのです。家はそのまま、まるで羽毛を飛ばすぐらいすんなりと、ずっとはるか遠くに運ばれてしまいました。
とても暗くて、ドロシーの周りでは恐ろしく風がうなっていました。でもドロシーは、かなり安々と乗っかっていたことに気付きました。初めに家が何度か旋回した後に、もう一度ひどく傾いた時、ドロシーはゆりかごの中の赤ん坊みたいに優しく揺られているように感じました。
トトはこれが嫌でした。うるさくほえながら、部屋中あっちこっち走りまわりました。でもドロシーは床にじっと座って、成り行きを見守っていました。
一度、トトが開いた落し戸に近づきすぎて中に落ちてしまった時、最初少女はトトを失ってしまったと思いました。でもすぐに、トトの片方の耳が穴の中から突き出ているのが見えました。空気の圧力がトトを持ち上げていて、落ちなかったのです。ドロシーは穴まで這っていって、トトの耳をつかんで部屋の中に引きずり戻しました。その後で、もう事故が起こらないように落し戸を閉じました。
何時間も経って、ドロシーはゆっくりと恐れを乗り越えました。でもとても寂しかったのでした。風が周りでとてもうるさい金切り声を上げたので、ドロシーはほとんど耳が聞こえなくなったくらいです。最初ドロシーは家が落ちたらこっぱみじんにされてしまうんじゃないかと思いました。でも何も恐ろしいことが起こらずに何時間か過ぎたので、ドロシーは心配するのを止めて、落ち着いて何かが起こるのを待とうと決めました。ついにドロシーは揺れる床を自分のベッドまで這ってゆき、その上に横になりました。そしてトトも続いてドロシーのそばに横たわりました。
家が揺れ、風はむせび泣いていたのに、ドロシーはすぐに目を閉じてぐっすりと眠入ったのでした。
目次にもどる
ドロシーは震動で起こされました。とても突然で激しかったので、もし柔らかいベッドの上に寝ていなかったら、けがをしていたかもしれないほどです。そんなふうでしたから、ドロシーはその衝撃に息をのんで、何が起こったのだろうと思いました。トトは冷たい小さな鼻をドロシーの顔におしつけて、クンクンと情けなく鳴きました。ドロシーは起きなおって、家が動いていないことに気づきました。暗くもありませんでした。明るい太陽の光が窓から入ってきて、小さな部屋に満ちていたのです。ドロシーはベッドから飛び出て、トトをすぐ後ろに続かせて走り、戸を開けました。
少女は驚きの叫び声をあげてあたりを見渡し、その素晴らしい景色を見た目は大きく、大きくなりました。
とてつもなく美しい土地の真ん中に、竜巻はとても静かに(竜巻にしては、ですが)家を降ろしました。立派な木々が濃厚で甘美な果実をたわわに実らせている、美しい芝生の区画がそこらじゅうに広がっていました。四方八方には見事な花々の土手があり、鮮やかで珍しい羽根の鳥たちは木々や茂みの間をはためき舞い、歌をうたっていました。少し離れた所には、緑の土手の間に沿って小川がサラサラときらめき流れ、乾いた灰色の大草原に長いこと住んでいた少女にはとても心地よく響いたのでした。
ドロシーは珍しくてきれいな光景に目をみはって立っていると、今までに見たこともないような奇妙な人々の一団がドロシーの方にやってくるのに気づきました。彼らはドロシーがいつも見馴れていた大人達ほど大きくはなかったけれど、とても小さいというほどでもありませんでした。実際、年のわりには大きいドロシーと同じくらいの背の高さなのに、見た目は何歳も年上のようでした。
みんな奇妙な恰好をしていて、三人が男の人で一人は女の人でした。三十センチぐらいの高さのとんがり帽をかぶっていて、動くたびにつばの周りの小さな鈴がかわいらしく鳴るのでした。男の人の帽子は青で、小さな女の人の帽子は白でした。女の人は白いガウンを、ひだをつけて肩から羽織っていました。ガウンには小さな星がまき散らしてあって、太陽の光のなかでダイヤモンドのようにきらめきました。男の人たちは帽子と同じ色合いの青い服を着て、ぴかぴかに磨いたブーツは上のほうの深い折り返しが青色でした。そのうち二人はひげをはやしていたので、男の人たちはヘンリーおじさんと同じくらいの年なのだとドロシーは思いました。でも小さな女の人は間違いなく、もっと年上でした。顔はしわだらけで髪はほとんど白く、ずいぶんぎこちなく歩いていました。
彼らはドロシーが戸口に立っている家に近づくと、立ち止まって内緒ばなしをして、まるでこれ以上近づくのをためらうようでした。でも小さなお婆さんはドロシーの所までやって来ると、深くおじぎをして優しい声で言いました。
「ようこそマンチキンの国へ、気高い魔術師さま。あなたが東の邪悪な魔女を殺してくれたので、人々は魔女の隷属から解放され、たいへん感謝しています」
ドロシーはこのあいさつを不思議に思いながら聞きました。いったいぜんたいドロシーが魔術師だなんて、それに東の邪悪な魔女を殺したですって、この小さな女の人は何を言っているのでしょう。ドロシーはずっと遠くの故郷から竜巻で運ばれてきた、純真で無邪気な少女で、今まで決してなにも殺したことはありません。
どうやら小さな女の人はドロシーの返事を待っているようでしたので、ドロシーはためらいがちに言いました。
「ご親切にありがとう。でもきっと何か誤解されてます。あたしは何も殺してません」
「とはいえ、あなたの家が、殺したのですよ」小さなお婆さんは笑いながら言いました。「だから同じことでしょう、ほら、」家の角を指さして、続けて言いました。「つま先がまだ木材の下から突き出てますよ」
ドロシーは見ると、ぎょっとして小さく叫び声をあげました。本当に、家を支える大きな横材の角の下から、銀色のつま先がとがった靴を履いた足が二本、突き出ていました。
「あら! まあ、まあ!」ドロシーはおろおろして両手をにぎりしめ、言いました。「家がこの人の上に落ちちゃったんだわ。どうしましょう」
「どうしようもないわ」小さな女の人は、落ち着きはらって言いました。
「でも、この人は誰なの?」ドロシーは聞きました。
「東の邪悪な魔女ですよ。さっき言った通り、」小さな女の人は答えました。「彼女は何年もマンチキンたちをしばりつけて、奴隷にして朝から晩まで働かせていたのよ。今ではみんな自由になって、あなたの親切に感謝しているの」
「マンチキンって?」
「東の邪悪な魔女が支配していた、この東の国に住む人たちのことよ」
「あなたはマンチキン?」ドロシーは尋ねました。
「いいえ、でも彼らの味方よ、私は北の国に住んでいるのだけどね。マンチキンたちは東の魔女が死んだとみると、私に急ぎの使いをよこしてきて、それで私がすぐにやって来たの。私は北の魔女よ」
「まあ、すごい!」ドロシーは叫びました。「あなた本物の魔女?」
「ええ、そうよ」小さな女の人は答えました。「でも私はみんなから好かれる、いい魔女よ。ここを支配していた東の魔女ほどの力はないけれど。そうじゃなかったら、自分で彼らを自由にしてあげていたわ」
「でも、魔女はみんな悪い人だと思ってたわ」少女は本物の魔女に向かっていたので、なかば恐がって言いました。
「まあ、それは大きな間違いだわ。オズの世界の魔女は四人だけで、北と南に住む二人はいい魔女なのよ。これは本当よ、私がその一人なんだから間違いないわ。本当に邪悪なのは、東と西に住む魔女よ。でも今あなたが一人殺したから、オズの世界の邪悪な魔女は西の魔女一人だけになったわ」
「でも」ちょっと考えてから、ドロシーは言いました。「エムおばさんは、魔女はみんなずっとむかしに死んだって言ってたわ」
「エムおばさん?」小さなお婆さんは尋ねました。
「カンザスに住んでいるあたしのおばさんよ。そこから来たの」
北の魔女は少しの間、考えているようでした。顔をうつむかせて、目は地面を見つめていました。そして顔を上げると、言いました。
「どこにあるのかも知らないわ、カンザスなんて今まで聞いたこともないからねえ。でも、ひとつ教えて。それは文明の進んだ国なのかしら?」
「ええ、そうよ」ドロシーは答えました。
「それで説明がつくわね。文明化された国にはもう魔女はいないと思うわ。魔法使いも、魔術師も、奇術師もいないのよ。でもね、オズの国はいちどだって文明化されたことなんてないでしょう、他の世界からは切り離されているのだもの。だからここにはまだ魔女や魔法使いがいるのよ」
「魔法使いは誰なの?」
「オズその人です、えらい魔法使いですよ」声をひそめながら、魔女は答えました。「オズは私たちみんなが束になってもかなわない力をお持ちなのよ。エメラルドの都に住んでいらっしゃるの」
ドロシーがもうひとつ質問をしようとした時、静かにそばに立っていたマンチキンたちが大きな叫び声をあげて、邪悪な魔女が倒れていた家の角を指差しました。
「どうしたの?」小さなお婆さんは聞きました。そして目を向けると、笑いだしました。死んだ魔女の足は全部消えて、銀の靴だけが残っていました。
「だいぶ年寄りだったから、」北の魔女は説明しました。「太陽ですぐにひからびちゃったのよ。もうこの人もおしまいよね。これで銀の靴はもうあなたのものよ、あなたが履くべきだわ」そして手を伸ばして靴を拾いあげ、ほこりを払ってドロシーにわたしました。
「東の魔女はこの靴がご自慢でした」マンチキンの一人が言いました。「何か魔法がかかっているのです。それが何なのか、私たちには分からずじまいでしたが」
ドロシーはその靴を家の中へ持って入り、テーブルの上に置きました。そしてマンチキンたちの所へもどってくると、言いました。
「あたし、どうしてもおばさんとおじさんの所へ戻りたいの。心配しているに違いないわ。どうやったら帰れるのかしら」
魔女とマンチキンたちはお互いの顔を見合わせ、ドロシーの顔を見て、首を振りました。
「東の方には、」一人が言いました。「ここからそう遠くない所に広い砂漠があって、誰も生きては通れませんよ」
「南も同じ、」もう一人が言いました。「そこに行ってこの目で見てきたものでね。南はカドリングたちの国ですよ」
「聞くところによると、」三人目が言いました。「それは西も同じようです。ウィンキーたちが住む国は、邪悪な西の魔女に支配されていて、そこを通り過ぎようものなら、奴隷にされてしまうということですよ」
「北は私の故郷よ」お婆さんは言いました。「そのはずれにもやっぱり砂漠があって、このオズの世界を取り囲んでいるのよ。かわいそうだけど、私たちと一緒に暮らすしかないようだわね」
ドロシーはこれを聞いて、すすり泣きだしました。こんな見知らぬ人たちのなかで、一人ぼっちに思えたのです。ドロシーの涙は、優しい気だてのマンチキンたちを悲しませたようです。彼らもすぐにハンカチを取り出し、泣きはじめました。小さなお婆さんのほうは、おごそかな声で「いち、にの、さん」とかぞえながら、帽子を脱いでてっぺんを鼻の先に上手にのせました。帽子はあっという間に黒板になって、白いチョ―クでこう書かれていました。
「ドロシーをエメラルドの都へ」
小さなお婆さんは鼻から黒板をとって読むと、聞きました。
「あなたの名前はドロシーというの?」
「はい」ドロシーは涙をふきながら顔を上げて答えました。
「ではあなたはエメラルドの都へ行かなくては。もしかすると、オズが助けてくださるかもしれないわ」
「それはどこにあるの?」ドロシーは聞きました。
「この世界のちょうど真ん中にあって、あなたに話した、えらい魔法使いのオズに支配されているのよ」
「オズはいい人なんですか?」ドロシーは心配そうに、たずねました。
「いい魔法使いよ。人なのかどうか、私は会ったことがないからわからないけれど」
「どうやったらそこへ行けるの?」ドロシーは聞きました。
「歩かなくてはいけないわね。ときには楽しく、ときには暗くて恐ろしい所も通る、長い旅になるわ。でも、私の知る限りの魔法を使って、あなたを守ってあげましょう」
「一緒にきてくれませんか?」小さなお婆さんをただ一人の友達だと思いはじめた少女は、お願いしました。
「それはできないわ」魔女は答えました。「でもあなたにキスをしてあげましょう。北の魔女からキスを受けた人には、だれも手出しできないのよ」
魔女はドロシーに近づいて、額に優しくキスをしました。ドロシーはすぐ後で気づいたのですが、魔女の唇がふれた所には、丸く光る跡が残っていました。
「エメラルドの都への道は、黄色いレンガが敷かれているから、」魔女は言いました。「道を見失うことはないわ。オズのところに着いたら、怖がらずに事情を話して、助けてもらうようにお願いなさい。さようなら、おじょうさん」
三人のマンチキンはドロシーに深くおじぎをして、よい旅になりますようにとあいさつしたあと、木々の間をぬけて歩いていってしまいました。魔女はドロシーに優しげに小さくうなずき、左足のかかとを立てて、三回ぐるぐるっと回ると、あっという間に姿を消してしまいました。これにはトトがびっくりして、魔女が消えたあとに向かってうるさく吠えました。というのも、魔女がいたときは恐くて吠える事さえできなかったのです。
でもドロシーはお婆さんが魔女だと知っていましたし、魔女はそういうふうに消えるものだと思っていたので、ちっともおどろきませんでした。
目次にもどる
ひとりきりで取り残されると、ドロシーはおなかがすいてきました。そこで食器棚のところへいって、パンを何枚か切り、バターを塗りました。それを少しトトにもあげると、棚からバケツをとって、小さな小川におりると輝くきれいな水で満たしました。トトは木々のほうに駆けだして、そこにとまった鳥たちに吠えだしました。ドロシーはトトをつかまえにいきましたが、木の枝から実においしそうな果物がぶら下がっていたのでいくつか取りました。ちょうど朝ご飯の材料に好都合だったからです。
それから家に戻り、トトといっしょに冷たいきれいな水をのんでから、エメラルドの都に向けて旅のしたくを整えはじめました。
ドロシーは他に一着しか服をもっていませんでしたが、それがちょうど洗濯したてで、ベッドの横の釘にかかっていました。青と白のチェック模様のギンガムで、青は洗濯を重ねるうちにちょっとあせていましたが、それでもきれいなワンピースです。ドロシーは念入りに顔を洗うと、きれいなギンガムを着て、ピンクの日よけボンネットをかぶってひもをゆわえました。小さなバスケットを取ると、食器棚のパンを詰め、そのてっぺんに白い布をかぶせます。それから足下を見て、自分のくつがとても古くてボロボロなのに気がつきました。
「どう考えても長旅ではもたないわねえ、トト」とドロシーは言いました。トトもその小さな黒い目でドロシーの顔を見上げ、尻尾をふっておっしゃるとおりですという意味を伝えました。
そのときテーブルの上に、東の魔女のものだった銀のくつが置いてあるのが目に入りました。
「あたしにあうかしら」とドロシーはトトに言いました。「長いこと歩くにはちょうどいいもの、だってすり減ったりしないから」
そこで古い革靴をぬいで銀のくつをはいてみると、あつらえたようにぴったりです。
最後に、ドロシーはバスケットを手に取りました。
「いらっしゃいな、トト。エメラルドの都にいって、どうすればカンザスにもどれるかをえらいオズにききましょう」
ドアを閉じて鍵をかけると、気をつけて鍵をドレスのポケットにしまいました。そして落ち着き払ってトコトコとついてくるトトをしたがえて、ドロシーは旅に出たのです。
近くには道が何本かありましたが、黄色いれんが敷きの道はほどなく見つかりました。じきにドロシーは元気よくエメラルドの都に向かって歩き、銀の靴は硬い黄色い路面にあたって陽気にカタカタと鳴っています。いきなり自分の国から連れ去られて、見知らぬ国の真ん中に置き去りにされた女の子ならずいぶんとこわいだろうとお思いでしょうが、太陽はまばゆく鳥の声は甘く、ドロシーはちっともこわい気がしないのでした。
歩きながら、まわりの国がとてもきれいなのでドロシーは驚きました。道の両脇にはきちんとした柵があって、きっちり青く塗られており、その向こうには穀物や野菜の畑がたっぷりと広がっています。マンチキンたちはまちがいなくよいお百姓さんで、たくさん作物を作れたのでした。ときどき家の横を通ると、人が出てきてドロシーたちを眺め、通り過ぎる彼女に深々とおじぎをします。というのもみんな、悪い魔女を始末してくびきから解放してくれたのがドロシーだというのを知っていたからです。マンチキンたちの家はへんな住まいでした。どれも丸くて、屋根はおっきなドームになっていたのです。それがみんな青く塗ってあります。というのもこの東の国ではみんな青がいちばん好きだったからです。
夜が近くなると、ドロシーは長いこと歩いたので疲れてきて、今夜はどこですごそうかと思案しはじめました。ちょうどそのとき、他のよりも大きめの家を通りかかりました。その前の緑の芝生では、男の人や女の人がたくさん踊っています。バイオリン弾きが五人、思いっきり大きな音で演奏し、みんな笑っては歌い、そして近くの大きなテーブルにはおいしそうな果物やナッツ、パイやケーキなどのすてきな食べ物が山積みになっていました。
みんなは親切にドロシーをむかえて、いっしょに晩ご飯を食べて今夜は泊まっていきなさいと招待してくれました。というのもこれはこの地でいちばん豊かなマンチキンの一人が住んでいる家で、その友だちが集まって、悪い魔女の支配からかいほうされたのをお祝いしていたのです。
ドロシーは心づくしの晩ご飯を食べました。給仕をしてくれたのは豊かなマンチキン本人です。名前はボク。そして長いすにすわって、みんなが踊るのをながめました。
ボクは銀の靴を見てこう言いました。
「あなたはとてもえらい魔女なんですね」
「どうして?」とドロシー。
「銀のくつをはいているし、悪い魔女を殺したからです。それにワンピースにも白が入っていますね。白い服を着るのは魔女や女魔法使いだけですから」
「あたしのお洋服は青と白のチェックよ」とドロシーは、服のしわをのばしながら言いました。
「それを着てくださるとは親切ですね。青はマンチキンの色だし、白は魔女の色です。だからそれを見ればあなたが親切な魔女なのはわかります」
ドロシーは何と答えていいかわかりませんでした。というのもみんなが自分を魔女だと思っているようで、でも自分では、竜巻のおかげでたまたま不思議なところにやってきただけの、ただの女の子なのをよく知っていたからです。
踊りを眺めるのにも飽きると、ボクはドロシーを家の中に案内して、きれいなベッドのある部屋を使うようにと言ってくれました。シーツは青い布で、ドロシーは朝までぐっすりと眠り、トトはその横の青いじゅうたんの上で丸まっていました。
朝ご飯をたっぷり食べ、ちっちゃなマンチキンの赤ちゃんをながめました。赤ちゃんがトトと遊んでしっぽを引っ張り、声をたてて笑うようすは、ドロシーにはとても楽しいものでした。トトはみんなの好奇心の的です。というのも、みんなこれまで犬を見たことがなかったからです。
「エメラルドの都はどのくらい遠いんですか?」とドロシーはたずねました。
ボクは重々しく答えました。「知りませんなあ。というのもわたしは一度もいったことがないんです。用事がない限り、オズには近づかないにこしたことはありません。でもエメラルドの都まではずいぶんとありますし、何日もかかります。ここの国は豊かで快適ですが、旅を終えるまでには厳しいきけんな場所も通らなくてはなりませんよ」
これをきいてドロシーはちょっと心配になりましたが、でもカンザスに戻るのを助けてくれるのはえらいオズだけだというのを知っていたので、あともどりはしないぞ、とゆうかんに決意しました。
友人たちにさよならを言うと、また黄色いれんがの道をたどりはじめました。何キロか歩いて、ちょっときゅうけいしようと思いましたので、道の脇の柵にのぼってすわりました。柵の向こうには広いトウモロコシ畑が広がり、すぐそばにかかしが高いさおのてっぺんにいて、鳥たちが熟したトウモロコシに近づかないようにしていました。
ドロシーは手にあごをのっけて、考え深そうにかかしを見つめました。頭はわらをつめた小さな袋で、目や鼻や口を描いて顔にしてあります。どこかのマンチキンの持ち物だった、古い青いトンガリ帽が頭にのっかり、身体の残りも青い服のひとそろいで、こちらもわらがつまっています。足には、この国の人がみんなはいているトップの青い古いながぐつがはかされていて、背中にさおが差し込まれて全体がトウモロコシのくきの上に持ち上げられています。
かかしの奇妙な顔の絵を見つめていますと、片目がゆっくりとウィンクしたのでドロシーはびっくりしました。最初はなんかのまちがいだろうと思いました。というのも、カンザスのかかしはどれもウィンクなんかしなかったからです。でもこのかかしはやがてゆっくりと、こちらに会釈をしました。そこでドロシーは柵をおりてかかしに近寄りました。トトはさおのまわりを走り回って吠えています。
「こんにちは」とかかしはちょっとしゃがれた声で言いました。
「いま、しゃべった?」とドロシーはびっくりして言いました。
「もちろん」とかかしがこたえます。「ごきげんいかが?」
「とても元気です、どうも」とドロシーは礼儀正しくこたえました。「そちらはごきげんいかが?」
「あまりいい気分じゃないなあ」とかかしはにこにこしながら言いました。「昼も夜もここのてっぺんでカラスを追い払うのはとっても退屈なんだよ」
「降りられないの?」とドロシー。
「いや、このさおが背中につきささってるから。このさおをぬいてもらえませんか? そしたらすごく恩義に感じますよ」
ドロシーは両うでをのばして、かかしをさおからおろしてあげました。わらがつまっているだけだったので、とても軽かったのです。
かかしは地面におりて言いました。「どうもありがとう。まっさらな人間になった気分だ」
ドロシーは首をかしげました。というのもつめものをした人がしゃべるのを耳にするのは変な感じでしたし、それがおじぎをして隣を歩いているとなればなおさらです。
「きみはどなた? どこへいくの?」
「あたしはドロシー。エメラルドの都にいって、えらいオズにカンザスに返してくれるようお願いするの」
「エメラルドの都ってどこにあるの? オズってだれ?」とかかしは追求しました。
「あら、知らないの?」ドロシーはおどろいてききかえします。
「うん、知らないんだよ。ぼくは何にも知らないんだ。だって、わらがつまってるだけだから、脳みそががないだよ」かかしは悲しそうに答えました。
「あら。それは本当におきのどくね」とドロシー。
「きみといっしょにエメラルドの都にいったら、えらいオズは脳みそをくれるかな?」
「わかんないわ。でもいっしょにきてもいいわよ。オズが脳みそをくれなくても、いまより悪くなるわけじゃないでしょ」
「それもそうだ」とかかしは言いました。そしてないしょばなしをするように続けます。「いやね、手足や胴体がわらでつまってるのはかまわないんだよ。けがをしないからね。だれかが足を踏んだりピンを刺したりしても、感じないからどうでもいいんだ。でもバカとは呼ばれたくないんだよ。きみみたいに頭に脳みそが入ってないで、かわりにわらがつまっていたら、ぼくは何にも知ることができないでしょう」
「そのきもちはわかるわ」と少女は、本当にかわいそうに思って言いました。「いっしょにきたら、オズにできるかぎりのことをしてくれるようにお願いしてあげる」
「ありがとう」とかかしはうれしそうに言いました。
二人は道のほうに戻り、ドロシーはかかしが柵をこえるのを手伝ってあげて、そして黄色いれんがの道をたどってエメラルドの都に出発しました。
トトは最初、一行に人が増えたのが気に入りませんでした。つめもの男をクンクンかぎまわり、わらの中にネズミの巣があるかもしれないぞ、とでもいわんばかりでしたし、こわい感じでうなってみせます。
「トトのことは心配しないで。絶対かまないから」とドロシーは新しい友だちに言いました。
かかしは答えました。「別にこわくはないよ。わらにきずをつけたりはできないし。そのバスケットはぼくが持とう。ぼくはかまわないんだよ、疲れたりできないから。秘密を教えてあげよう」とかかしは、歩きながら続けます。「この世でぼくがこわいものはたった一つしかないんだ」
「何なの? あなたを作ったマンチキンのお百姓さん?」とドロシー。
かかしは答えます。「いいや。火のついたマッチだよ」
目次にもどる
何時間かたつと道が悪くなってきて、とても歩きにくくなったので、かかしはしょっちゅう黄色いれんがにつまづくようになりました。れんががここではとてもでこぼこしていたのです。それどころか、割れたりなくなっているところもあって、ぽっかりあいた穴をトトは飛び越えたしドロシーはよけて歩いたのでした。かかしはというと、脳みそがないのでまっすぐそのまま歩き、穴に足をつっこんで、固いれんがに思いっきり倒れます。でもそれでけがをしたりはしないので、ドロシーが抱え上げてまた両足で立たせて、そして二人でかかしのへまぶりを陽気に笑うのでした。
このあたりでは、畑もさっきほどはきちんと手入れがされていません。家も少なく、果樹も少なく、先に進むにつれてあたりは陰気で寂しくなってきました。
お昼になると、二人は道ばたに腰をおろし、ドロシーはバスケットを開けてパンを取り出しました。一切れかかしに進めましたが、断られました。
「ぼくは決しておなかがすかないんだよ。そしてそれは運がよかった。だってぼくの口は描いてあるだけだから、食べられるように穴をあけたら中につまったわらが出てきて、頭の形が台無しになっちゃうだろう」
ドロシーはすぐに、かかしの言う通りなのを理解しましたので、うなずいただけで自分のパンを食べ続けました。
「きみのことを話してよ、それときみの国のことも」ドロシーが食事を終えるとかかしは言いました。そこで、カンザスの話をしてあげました。そこでは何もかも灰色で、竜巻がこの不思議なオズの土地へと自分を運んできたことも。かかしは一心に耳を傾けてこう言いました。
「どうしてきみがこの美しい国を離れて、そのカンザスとかいう乾燥した灰色の場所に戻りたいのかわかんないな」
「それはあなたに脳みそがないからよ」とドロシーは言いました。「家がどんなに陰気で灰色でも、血と肉でできたあたしたち人間は、他のどんなにきれいなところよりもカンザスで暮らしたいのよ。おうちほどすてきな場所はないんだから」
かかしはため息をつきました。
「もちろんぼくにはわからないよ。きみたちの頭もぼくみたいにわらがつまっていたら、たぶんみんな美しいところに住むことになって、カンザスにはだれもいなくなるだろうね。カンザスとしては、きみたちが脳みそを持っていてくれてありがたいことだね」
「せっかく休んでいるんだから、あなたもお話をしてくれないかしら?」と子供は頼みました。
かかしはとがめるようにドロシーを見つめてから答えました。
「ぼくの一生は短すぎるから、ぼくは何一つ知らないんだよ。作られたのはほんのおとといだからね。その前にこの世で何が起きたかは、ぼくはぜんぜん知らない。運のいいことに、お百姓さんがぼくを作ったときに、真っ先にやったのは耳を描くことだったんだ。だから何がおきているか聞くことはできた。もう一人別のマンチキンがいて、真っ先に聞こえたのはお百姓さんのこんなせりふだったんだ。
『この耳はどう思う?』
『ゆがんでるじゃないかよ』ともう一人のマンチキン。
するともう一人が『別にかまわんよ。耳は耳だ』と言ったんだけど、それはその通りだね。
『じゃあこんどは目だ』とお百姓さん。そして右目を描いたんだけど、それが完成すると同時に、ぼくは大いに好奇心をもって、お百姓さんや身の回りすべてのものを眺めていたんだ。というのも、この世界を見るのはこれが初めてだったからだよ。
『なかなかきれいな目だな』とお百姓さんの様子をみていたマンチキンが言った。『青ペンキは目の色としてはばっちりだ』
『もう片方の目はもっと大きくしよう』と百姓さんは言って、二番目の目ができたときには、前よりずっとよく見えるようになった。それから鼻と口を描いたんだ。でもぼくはしゃべらなかった。というのも、そのときには口が何のためにあるか知らなかったんだよ。二人がぼくの身体や腕や脚を作るところを眺めるのは楽しかったなあ。そして最後に頭をくっつけたときには、とても誇らしい気分だったよ。自分が他のだれにも負けないいっぱしの人になれたと思ったからね。
『こいつならすぐにカラスどもを脅かしてくれるぞ。人間そっくりじゃないか』とお百姓さん。
『うん、まさに人間だ』と相手が言って、ぼくもまったく同意見だった。お百姓さんはぼくを脇に抱えてトウモロコシ畑に連れ出して、高い棒の上にのせたんだ。きみが見つけてくれた場所だよ。それからお百姓さんは友だちとどこかへ行って、ぼく一人をあとに残していったんだ。
こんな具合に一人にされるのはいやだったので、二人の後を歩いて追いかけようとしたけれど、足が地面に届かなくてだめだったので、あのさおの上にいるしかなかった。さびしい人生だったよ、というのも作られたばかりだったから、何も考えることがなかったし。カラスなんかの鳥がトウモロコシ畑に飛んできた。でもぼくを見たとたんに、ぼくがマンチキンだと思って飛び去った。これは嬉しかったよ、自分がなかなか重要人物みたいな気持ちになれたからね。そのうち年寄りカラスが近くに飛んできて、ぼくを注意深く眺めてから、肩にとまってこう言ったんだ。
『あの百姓は、わしをこんなまぬけなやりかたでだませるつもりだったのかね。気の利くカラスならだれでも、おまえがわらをつめただけなのはすぐわかる』そしてぼくの足下に飛び降りると、好きなだけトウモロコシを食べた。他の鳥も、カラスがぼくにやられないのを見て、みんなトウモロコシを食べにきたので、すぐにぼくのまわりには大きな群れが集まった。
これは悲しかったよ。自分が実はあまりいいカラスじゃないってことだったから。でも年寄りカラスはぼくをなぐさめてくれたんだ。『おまえのおつむに脳みそさえあれば、他のだれにも負けないくらいのいっぱしの人になれるんだがね。そうなりゃ一部の連中よりましにさえなるだろうよ。カラスだろうと人だろうと、この世で持つ価値があるものといったら脳みそだけだよ』
カラスがいなくなると、ぼくはこれをよく考えてみて、なんとかして脳みそを手に入れようと思ったんだ。運のいいことにきみが通りかかって、棒から引っ張りおろしてくれたし、きみの話だとえらいオズはエメラルドの都についたらすぐに脳みそをくれるにちがいない」
「そうだといいわよねえ。そんなに脳みそがほしいんですもんね」とドロシーは心から言いました。
「うん、ほしくてたまらないんだよ。自分がバカだと思うのはとっても心持ちが悪いんだ」とかかしは答えます。
「それなら、いきましょう」とドロシーはバスケットをかかしにわたしました。
いまはもう道の両側には柵もなく、土地も荒れて畑になっていませんでした。夜が近づくと大きな森にやってきました。木がとても大きく密生しているので、枝だが黄色いれんがの道の上でくっついています。枝だが日光を遮るので、木の下はほとんど真っ暗でした。でも旅人たちは立ち止まることなく、森の中に入っていきました。
「入った道はどこかで出るはずだよ」とかかしは言いました。「そしてエメラルドの都はこの道のつきあたりにあるんだから、どこへでもこの道をたどっていかないとね」
「そんなのだれでもわかるわ」とドロシー。
「もちろん。だからぼくにもわかったんだよ。脳みそを使わないと思いつけないようなことなら、ぼくには絶対にいえなかっただろうよ」とかかしが答えました。
一時間ほどして光がなくなると、ふたりはあちこちつまづきながら、真っ暗な中を進んでいきました。ドロシーには何も見えませんでしたが、トトには見えました。というのも犬はとても夜目がきくのです。そしてかかしは昼間と同じくらいよく見えると主張しました。そこでドロシーはかかしのうでにつかまって、なかなか上手に先を進んだのです。
「家とか、一夜をすごせそうな場所を見つけたら絶対に教えてね。暗い中を歩くのはとても不安だから」とドロシー。
やがてかかしは足を止めました。
「右手に小さな小屋があるよ。丸太や枝だでできてる。入ってみようか?」
「ええ是非。もうくたくたよ」
そこでかかしは、ドロシーを連れて木の間をぬけて小屋にたどりつき、そこに入ると片隅に乾いた葉っぱでできたベッドがありました。ドロシーはすぐにそこに横たわり、トトをかたわらに、すぐにぐっすり寝てしまいました。疲れを知らないかかしは、別の隅に立ったまま、朝がくるのを辛抱強く待ちました。
目次にもどる
ドロシーが目を覚ますと、木の間からお日様がかがやいていて、トトはとっくに起きて鳥やリスを追いかけていました。かかしはしんぼうづよく自分の隅に立って、ドロシーを待っていました。
「水をさがしにいかないと」とドロシーはかかしにいいました。
「水って、なんのために?」とかかし。
「道中のほこりを顔からきれいに洗い流すのと、乾いたパンがのどにくっつかないように飲むためよ」
「肉でできてるってのは不便だねえ」とかかしは考え深そうに言いました。「寝なきゃいけないし、食べたり飲んだりしなきゃいけないんだもの。でも、きみには脳みそがあるから、きちんと考えられるんならそれなりの苦労をするかいもあるんだろうね」
二人は小屋をあとにして森の中を歩き、澄んだ水の小さな泉を見つけました。ドロシーはそこで水を飲み、水浴びをして朝ご飯を食べました。バスケットのパンは残り少なかったので、かかしが何も食べないのはありがたいなと思いました。というのも、自分とトトの分だけで今日一日もつくらいしか残っていなかったのです。
ご飯を終えて、黄色いれんがの道に戻ろうとしたとき、近くで大きなうめき声がしたので、ドロシーはとびあがりました。
「いまのは何?」とびくびくしてドロシーはたずねます。
かかしは答えました。「想像もつかないけど、調べにいこうか」
ちょうどそのとき、もう一度うめき声がしました。音は後ろからきているようでした。そこでふりむいて、森の中に一歩、二歩と入ってみたところ、ドロシーは木の間に落ちるお日様の光で輝くものを見つけたのです。そこに向かってかけだしましたが、手前のところでおどろきの声をあげて立ち止まってしまいました。
大きな木が一本、途中まで切られていて、その隣には斧を振り上げたままの姿で、全身ブリキでできた男の人が立っていたのです。頭と腕と脚は胴体に関節でつながっていましたが、まったく身動きせずに立ちつくし、少しも動けないかのようです。
ドロシーはあぜんとしてそれを見つめました。かかしもです。トトは鋭く吠えて、ブリキの脚にかみつきましたが、歯をいためてしまいました。
「あなた、うめきましたか?」とドロシーはきいてみました。
「はい」とブリキの男は答えます。「うめきました。一年以上もうめきつづけているんですが、これまでだれもききつけてくれないし、助けにもきてくれなかったんです」
「何かお手伝いしましょうか?」とドロシーはそっとたずねました。その人の悲しそうな声に胸を動かされたからです。
「油のカンを取ってきて、関節に油を差してください。ひどく錆びてしまって、少しも動かせないんです。きちんと油をさせば、すぐに元通りになりますから。油のカンは、わたしの小屋のたなにあります」
ドロシーはすぐに小屋にかけもどって油のカンを見つけ、ブリキの男のところに戻って、心配そうにたずねました。「関節はどこにあるの?」
「まずは首をお願いしますよ」とブリキの木こり。そこでドロシーが油をさしました。そしてひどくさびていたので、かかしがブリキの頭をつかんで、ゆっくり左右に動かしてあげて、やがて首は自由に動くようになりました。するとブリキの木こりは、自分で首が動かせるようになったのです。
「こんどはうでの関節をお願い」と言われて、ドロシーはうでに油をさし、かかしが気をつけながらそれを曲げたり伸ばしたりしてあげると、さびが完全に取れて、新品同様になりました。
ブリキの木こりは満足そうなため息をついて斧をおろし、木にたてかけました。
「いやあ、いい気分だ。さびついてからずっとあの斧をふりあげていたので、やっとおろせてありがたい。さて今度はあしの関節に油を差していただけたら、もう全部だいじょうぶになりますよ」
そこでみんなはあしにも油をさして自由に動けるようにしてあげました。ブリキの木こりは助けてもらったことに何度も何度もお礼を申しました。とても礼儀正しくて、とてもよろこんでいるようです。
「みなさんが通りかからなかったら、いつまでもあそこに立っていたでしょうよ。だからお二人はまちがいなく命の恩人です。どうしてこんなところへ?」
「エメラルドの都へ、えらいオズに会いにいくところよ。あなたの小屋で夜明かしをしたんです」とドロシー。
「どうしてオズに会おうなどと?」とブリキの木こり。
「あたしはカンザスに送り返してほしいから。そしてかかしは頭に少し脳みそを入れてほしいのよ」とドロシーは答えました。
ブリキの木こりは、しばらく深く考えこみました。そしてこう言いました。
「オズはわたしに心をくれるでしょうか?」
「あら、くれるんじゃないかしら。かかしに脳みそをあげるのと同じくらい簡単なはずよ」とドロシー。
「確かに」とブリキの木こりが答えました。「それなら、もし一行に加えていただけるのでしたら、わたしもエメラルドの都にいって、オズに助けてもらいましょう」
「いっしょにおいでよ」とかかしは真心こめていいました。そしてドロシーも、いっしょにきてくれれば大歓迎だと言い添えました。そこでブリキの木こりは斧を肩にかついで、みんなで森をぬけて、黄色いれんがを敷いた道にやってきました。
ブリキの木こりは、油のカンをバスケットに入れておいてくれるように頼みました。「また雨にふられてさびてしまったら、油のカンがどうしてもいりますから」
新しい仲間が加わったのはなかなか運のいいことでした。というのも、旅を再開して間もなく、木や枝だが路上にあまりにびっしり茂って通れないところにさしかかったからです。でもブリキの木こりはすぐに斧をふるって上手にきりひらいたので、やがて全員が通れるくらいの通路ができました。
ドロシーは歩きながら一心に考えごとをしていたので、かかしが穴にころがり落ちて、道のわきに転がってしまったのにも気がつきませんでした。かかしは、助けてくれとドロシーに呼びかけなくてはなりませんでした。
「穴をよけて通ればよかったのではありませんか?」とブリキの木こりはたずねました。
「そこまで頭がよくないんだよ」とかかしは上機嫌で言います。「ほら、頭にわらが詰まっているだろ。だからオズにいって、脳みそをくださいと頼むんだよ」
ブリキの木こりは言いました。「ああなるほど。でも結局のところ、脳みそはこの世でいちばんいいものってわけじゃありませんから」
「きみは脳みそがあるの?」とかかしがたずねます。
「いいえ、頭はまったくの空っぽですよ。でも昔は脳みそもあったし、心もあったんです。両方試したうえで言うと、わたしは心のほうがずっとほしい」
「それはまたどうして?」とかかし。
「身の上話をしてあげましょう。そうすればおわかりいただけるはず」
そこで森を歩きながら、ブリキの木こりはこんなお話をしたのでした:
「わたしは森の木を切って材木を売る木こりの息子として生まれました。大きくなると、わたしも木こりになり、お父さんが死ぬと、年老いたお母さんの面倒を死ぬまで見ました。それからひとりぼっちで暮らすより結婚したほうがさびしくないだろうと思ったのです。
マンチキンの女の子の中に、実に美しい娘がおりまして、やがてわたしは心のそこからその子を愛するようになりました。相手も、もっといい家を建てられるほど稼げるようになったら、すぐにも結婚しようといってくれました。でもその子がいっしょに暮らしていた老婆は、だれとも結婚させたくなかったんです。この老婆はなまけもので、彼女がずっといっしょにいて、料理や家事をやってほしいと思っていたのです。そこでこの老婆は東の邪悪な魔女のところへ出かけて、結婚をじゃましてくれたらヒツジ二頭とウシ一頭をあげると約束したんです。そこで邪悪な魔女はわたしの斧に呪文をかけて、わたしが精一杯木を切っていると(というのも新しい家と妻を少しでもはやく手に入れたかったので)、斧がいきなりすべって、左脚を切り落としてしまったのです。
これは最初、とても不幸なことに思えました。というのも片脚では木こりはあまりつとまりませんから。そこでブリキ職人のところへいって、ブリキで新しい脚をこしらえてもらいました。いったん慣れたら、脚は非常に具合がよい。でも東の邪悪な魔女はそれを見て腹をたてました。というのも、魔女は老婆にわたしがきれいなマンチキン娘とは結婚しないと約束していたからです。また木を切りはじめると、またもや斧がすべって右足を切り落としました。またもやわたしはブリキ職人に頼んで、またもやブリキの脚を作ってもらいました。その後、魔法のかかった斧は腕を一本ずつ切り落としてしまいましたが、わたしはくじけずに、ブリキの腕をつけました。すると邪悪な魔女は、またもや斧をすべらせて、こんどはわたしの頭を切り落としました。これで自分もおしまいかな、と最初は思いましたよ。でも折良くブリキ職人が通りがかって、ブリキで新しい頭を作ってくれたんです。
これで邪悪な魔女を出し抜いてやったと思って、前にもまして仕事に精を出しました。でも、敵がどれほど邪悪か見くびっていましたよ。魔女は、美しいマンチキン娘への愛を消す新しい方法を考え出して、また斧をすべらせました。こんどは胴体が切りさき、からだがまっぷたつになってしまいました。またもやブリキ職人が助けにきてくれて、ブリキの胴体を作って、ブリキの腕や脚や頭を関節でくっつけてくれました。でも無念! もう心がなくなっていたので、マンチキン娘への愛が完全になくなり、結婚なんかどうでもよくなってしまいました。たぶんまだあの老婆といっしょに暮らしながら、わたしが迎えにくるのを待っているでしょうに。
からだはお日様の下で実にピカピカで、わたしはとても誇らしかったし、もう斧がすべっても関係ありません。ブリキは斧で切れませんから。危険は一つだけ――関節がさびることです。でも小屋に油のカンを置いて、必要ならいつでも自分の手入れをしていました。ところが、ある日これを忘れてしまい、夕立につかまって、しまったと思う間もなく関節がさびついて、そのまま森の中に立っていたところへあなたたちがきて助けてくれたわけです。ひどい経験でしたが、その間にいろいろ考えて、なくしたものの中でいちばん大きかったのは、心をなくしたことだなあ、と思ったんですよ。恋をしているときには、この世でいちばんの幸せ者でした。でも、心がない人なんかだれも愛してくれません。だから、オズに心をくれるよう是非ともお願いするんです。もらえたら、あのマンチキン娘のところへいって、結婚するつもりです」
ドロシーもかかしも、ブリキの木こりのお話にとても感心しましたし、これでなぜあんなに心をほしがるのかもわかりました。
「それでも、ぼくは心より脳みそをお願いするな。心があっても、バカはそれをどう使うかわからないだろうから」とかかしが言います。
ブリキの木こりは言い返しました。「わたしは心をとりますね。脳みそでは幸せになれません。この世でいちばん大事なのは幸せなんですから」
ドロシーは何も言いませんでした。というのも、友だち二人のどっちが正しいのかわかりかねたし、それに自分はカンザスのエムおばさんのところに帰りさえすれば、木こりに脳がなくてもかかしに心がなくても、あるいは二人が望み通りのものを手に入れても、あまり関係ないわと思ったからです。
いちばん心配だったのは、パンがほとんどなくなりかけているということでした。トトと自分があと一回ご飯をたべたら、バスケットは空になってしまいます。確かに木こりもかかしも何も食べませんが、ドロシーはブリキやわらではできていないし、食べ物を食べないと生きられません。
目次にもどる
いままでずっと、ドロシーとその仲間たちは深い森の中を歩いていました。道はまだ黄色いれんがが敷かれていましたが、木の枯れ枝や落ち葉でかなりおおわれていて、歩くのもずいぶんと苦労します。
森のこのあたりには鳥がほとんどおりません。鳥はお日様のいっぱい当たる、開けた場所が好きなのです。でもときどき、木の間にかくれている野生の動物がたてる深いうなり声が聞こえてきました。そういう音は、少女の心臓をどきどきさせました。どんな動物がその音をたてているかわからなかったからです。でもトトにはわかりましたので、ドロシーのとなりにぴったりくっついて、吠え返したりもしませんでした。
「森から出るまでにあとどのくらい?」と子供はブリキの木こりにたずねます。
「わかりません」というのが答えでした。「わたしはエメラルドの都に行ったことがありませんから。でもお父さんが昔、わたしが子供の頃にでかけて、危険な国を通り抜ける長旅だったと言っていましたよ。でもオズの住む都の近くになるときれいだとのことです。でも、油のカンがある限りわたしはこわいものなしですし、だれもかかしにはけがをさせられません。あなたはおでこによい魔女のキスのしるしをつけているので、害から守ってもらえますよ」
「でもトトは? トトは何が守ってくれるの?」と少女は心配そうに言いました。
「トトが危険にあったら、わたしたちが守ってあげないといけませんね」とブリキの木こりが答えました。
そう言ったそのとき、森からおそろしい吠え声が聞こえて、次の瞬間に大きなライオンが道に飛び出してきました。前足の一撃で、かかしはクルクルとふっとんで道の端に転がりました。それから鋭い爪をブリキの木こりに向かって振るいました。でもブリキには何の跡もつかず、木こりが道に倒れて動かなくなっただけだったので、ライオンはおどろきました。
小さなトトは、いまや直面すべき敵ができたので、吠えながらライオンにむかっていきました。そして大きな獣が口をあけて犬にかみつこうとしたとき、ドロシーはトトが殺されるのではないかとおびえて、危険もかえりみずに進み出ると、ライオンの鼻づらを思いっきりひっぱたいてこう叫びました。
「トトをかんだら承知しないから! 恥を知りなさい、あなたみたいな大きな獣が、小さいあわれな犬をかむなんて!」
「かんでないよう」とライオンは、ドロシーにぶたれた鼻を前足でさすりました。
「でもかもうとしたでしょう。からだは大きいくせに、臆病ものね」とドロシーは言い返します。
「やっぱりそうか」とライオンは、恥ずかしそうに頭をたれました。「やっぱりね。でもどうしようもないでしょうに」
「そんなの知らないわよ、まったく。あんなわらをつめた、あわれなかかしみたいな人を叩くなんて!」
「わらがつまってるの?」とライオンはおどろいて言いながら、ドロシーがかかしを助け起こして立たせる、ポンポンと叩いて形を整えるのを見つめました。
「決まってるでしょう」ドロシーはまだ怒っています。
「それであんなにかんたんに倒れたのか。あんなにコロコロころがっていったんで驚いたよ。もう一人もわら入りかい?」とライオン。
「いいえ。ブリキ製よ」とドロシーは木こりも助け起こします。
「それで爪がなまくらになりかけたのか。爪がブリキをひっかいたときには、背筋がゾーッとしたよ。それとそのかわいがってる小さな動物は何?」
「あたしの犬のトトよ」とドロシー。
「それもブリキかわらなの?」とライオンがききます。
「いいえ、どっちでもないわ。トトは……えーと……肉の犬よ」と少女は言いました。
「ふーん、おもしろい動物だね、それにこうしてみるとえらく小さいや。わたしみたいな臆病者でもなければ、こんな小さな動物をかもうとはしないでしょう」とライオンは悲しそうに続けます。
「どうしてそんなに臆病なの?」とドロシーは、不思議そうに巨大な獣を見つめました。というのも子馬くらいの大きさがある動物だったからです。
ライオンは答えました。「それはわからない。生まれつきそうだったんでしょう。森の他の動物たちは、当然わたしが勇敢なものと思ってるんだよ、というのもライオンはどこでも百獣の王だと思われてるからね。思いっきり吠えれば、他の生き物はみんなこわがって逃げ出すことがわかった。人間に会うと、いつもすごく怖くなるんだが、吠えるだけでみんな全速力で逃げ出す。ゾウやトラやクマがわたしに刃向かおうとしたら、わたしも逃げ出すだろう――すごく臆病なんだよ。でもみんな、わたしが吠えるのを聞いたとたん、逃げだそうとするし、わたしももちろんそれを見逃すんだ」
「でもそんなばかな。百獣の王が臆病だなんて」とかかし。
「そうなんだよ」とライオンは答えて、しっぽの先で目から涙をぬぐいました。「それがわたしの大いなる悲劇で、おかげでとても不幸せな一生なんだよ。でも危険に出会うたびに、胸がどきどきしてしまうんだ」
「心臓の病気かも知れませんよ」とブリキの木こり。
「そうかもしれない」とライオン。
「でももしそうなら、ありがたく思わなくっちゃ。心があることが証明されたんですからね。わたしはといえば、心がないから、心臓病にもなれないんですよ」とブリキの木こりは続けました。
「うーむ。心がなければ臆病者にならずにすむかもしれない」とライオンは考えこみます。
「脳みそは持ってるの?」とかかし。
「たぶんあるだろう。調べたことはない」とライオン。
「ぼくはえらいオズのところへいって、脳みそを少しくれるよう頼むんだ。ぼくの頭はわらがつまってるから」とかかしは言いました。
「そしてわたしは心をくれるよう頼むんだ」と木こり。
「そしてあたしは、トトといっしょにカンザスへ返してくれるよう頼むの」とドロシーがつけ加えます。
「オズはわたしに勇気をくれると思うかい?」と臆病ライオンはたずねました。
「ぼくに脳みそをくれるくらい楽にね」とかかし。
「あるいはわたしに心をくれるくらい楽に」とブリキの木こり。
「それかあたしをカンザスに送り返すくらい楽に」とドロシー。
「それなら、もしよければ、いっしょに行かせてもらおう」とライオン。「多少の勇気がないと人生が耐え難いんだよ」
「大歓迎よ、あなたがいれば、ほかの獣がよってこないもの。あなたを見てそんなにすぐに怯えるなら、他の動物たちのほうがずっと臆病なんじゃないかと思うんだけど」とドロシー。
「いやその通りなんだよ。でもそれでわたしが勇敢になるわけじゃないし、自分が臆病だと知っている限りは不幸なんだ」とライオン。
そこで一行は旅に出発いたしまして、ライオンは堂々たる歩みでドロシーの横を歩きました。トトはこの新しい仲間を最初は認めておりませんでした。というのも、ライオンの大きなあごでかみくだかれそうになったのを忘れてはいなかったからです。でもやがてもっとうちとけるようになり、すぐにトトと臆病ライオンはよい友だちになりました。
その日はもうそれ以上は、一行の平穏を乱すような冒険はありませんでした。まあ一度だけ、ブリキの木こりが道を這っているカナブンをふんづけて、かわいそうな虫を殺してしまったことはありました。おかげでブリキの木こりはとても悲しくなりました。いつも生き物を傷つけないように注意していたからです。だから歩きながら、悲しみと後悔の涙を流しました。涙はゆっくりと顔をつたい、あごのちょうつがいにかかり、さびさせてしまいました。やがてドロシーが質問をしたときにも、あごがしっかりとさびついてしまって口が開けません。木こりはとてもこわくなって、ドロシーになんとかしてくれと身振りで伝えましたが、わかってもらえませんでした。ライオンもまた、どうしたのか知りたがりました。でもかかしが油のカンをドロシーのバスケットから取り出して、木こりのアゴに油を差し、まもなく木こりはまたしゃべれるようになりました。
「これでいい勉強になりましたよ。ちゃんと足下に注意しないといけませんね。今度ムシやカナブンを殺したら、絶対にまた泣いてしまうし、泣くとアゴがさびて口がきけなくなってしまいます」と木こりは言いました。
それからというもの、木こりはとても気をつけて、道をしっかり見ながら歩きまして、小さなアリがいっしょうけんめい歩いているときにもちゃんと上を乗りこえて、傷つけないようにしました。ブリキの木こりは自分に心がないのをよく知っていましたから、他のものに残酷なことをしたり、不親切なことをしたりしないように気をくばっていたのです。
木こりはこう言うのでした。「きみたち心ある人々は、導いてくれるものがあるんだから、まちがったことなんかすることもないでしょう。でもわたしは心がないのだから、とても気をつけないと。オズが心をくれたら、こんなに気をつけなくてもいいはずですが」
目次にもどる
その夜は、森の大きな木の下で野宿をするしかありませんでした。近くには家がなかったのです。その木は夜露から守ってくれるすぐれた分厚い覆いとなりましたし、ブリキの木こりは斧でたくさん薪を切り倒したので、ドロシーはすばらしいたき火をたいて暖まり、さびしさもまぎれました。トトといっしょに最後のパンを食べてしまい、朝ご飯はどうしたらいいのかわかりませんでした。
「なんだったら、森にいってシカを殺してきてあげよう。火で焼くといい。きみの舌はずいぶん奇妙だから、料理した食べ物のほうがいいんだろうからね。そうすればとてもおいしい朝ご飯になる」
「やめてください! お願いですから」とブリキの木こりが必死で頼みました。「あなたがかわいそうなシカを殺したら、わたしはまちがいなく泣いてしまうし、そうしたらまたアゴがさびてしまう」
でもライオンは森の中にでかけて自分の晩ご飯を見つけ、それがなんだかだれにもわかりませんでした。というのも、ライオンが話さなかったからです。そしてかかしはナッツでいっぱいの木を見つけて、それをドロシーのバスケットに詰めましたから、ドロシーは当分おなかがすかなくてすむようになりました。ドロシーは、かかしがとても親切でよく気がつくと思いましたが、かわいそうなかかしがナッツを拾い上げる様子がぶきっちょだったので、心底笑ってしまいました。詰め物の手はとても不器用で、ナッツはあまりに小さくて、バスケットに入れるのと同じくらいこぼしています。でもかかしは、バスケットをいっぱいにするのに時間がかかっても気にしませんでした。そのほうがたき火からはなれていられるからです。火の粉がわらにかかったら、自分が燃えてしまうのでこわかったのです。だから炎から十分にはなれて、近くにきたのはドロシーが横になって寝たときに、枯葉でふとんをかけてあげたときだけでした。おかげでドロシーはとてもぬくぬくとして、朝までぐっすり眠りました。
お日様がさすと、ドロシーは顔を小さなせせらぎで洗い、間もなく一行はエメラルドの都に出発しました。
この日は一同にとってなかなか忙しい一日となりました。ほんの一時間ほど歩いたどころで、道を大きな地割れが横切っていて、左右見渡す限り森をまっぷたつに分けています。とても幅の広い地割れで、みんながおそるおそるふちに近寄ってのぞき込むと、とても深いこともわかりましたし、底には大きなギザギザの岩がたくさんありました。しかも裂け目は急になっていて、だれも斜面をつたって降りることもできそうにありません。これで旅もおしまいかと思えたほどです。
「どうしましょう」とドロシーはがっかりして言いました。
「わたしにはなにも思いつかない」とブリキの木こりは申しますし、ライオンももっさりしたたてがみを振って重々しい顔をしただけです。でもかかしはこう言いました。
「飛ぶのは絶対に無理だね、まちがいない。このおおきな割れ目をつたって降りるのも無理だ。だから、とびこえられなかったら、ここで旅はおしまいだね」
「とびこえられそうだなあ」と臆病ライオンは、頭の中で注意深くはばをはかってみてから言いました。
「じゃあなんとかなるよ。きみならぼくたちみんな、一人ずつ背中にのせてとびこえられるもの」とかかし。
「まあやってみよう」とライオンは言いました。「だれから行く?」
「ぼくが行こう」とかかし。「万が一やってみてとびこえられなかったら、ドロシーなら死んじゃうだろうし、ブリキの木こりは下の岩でベコベコにへこんじゃうだろう。でもぼくがきみの背中にいても、特にまずいことはない。ぼくは落ちてもけがをしないからね」
「このわたしも、実は落ちるのがものすごくこわいんだ」と臆病ライオン。「でもためしてみるしかないようだね。では背中に乗ってくれ。やってみようじゃないか」
かかしがライオンの背中にすわると、巨大な獣は裂け目のふちに歩みよって、しゃがみこみました。
「助走をつけて飛んだらどうだい?」とかかしがききました。
「ライオンはそういうふうには飛ばないんだよ」とライオンは答えました。そしてひとっ飛びで宙を横切り、ぶじに向こう側に着地しました。みんな、ライオンが楽々と飛べたので大喜びで、かかしが背中からおりるとライオンはまたこちらへとびこえてきました。
次は自分だと思ったので、ドロシーはトトをうでにかかえてライオンの背中によじのぼり、片手でしっかりとたてがみにつかまりました。次の瞬間、空を飛んでいるような感じがしました。そして、考える間もなく、ぶじに向こう側についていました。ライオンは三度目に戻り、ブリキの木こりをつれて戻ってきました。そしてみんなしばらくそのまますわって、ライオンにきゅうけいしてもらいました。何度も大きなジャンプをして、ライオンは息を切らしていたからで、まるで走りすぎた犬のようにぜいぜい言っていました。
割れ目のこちら側では森がずっと濃くて、暗く陰気な感じがしました。ライオンが元気をとりもどすと、一同は黄色いれんがの道を先に進みましたが、みんな内心ではこのままいつまでたっても森が終わらずに、明るいお日様にも会えないんじゃないかと心配していました。さらに不安に追い打ちをかけるように、森の奥からはやがて奇妙な音が聞こえてきて、ライオンは国のこのあたりにはカリダが住んでいるんだ、と耳打ちしたのです。
「カリダって?」と少女。
ライオンは答えます。「クマみたいなからだとトラみたいな頭をした怪物みたいな獣なんだよ。爪も実に長くて鋭いから、わたしがトトを殺すのと同じくらい簡単に、このわたしをまっぷたつにしてしまえる。わたしはカリダがすごくこわいんだ」
「それは無理もないわねえ。ずいぶんおそろしげな獣ですもんねえ」とドロシーは答えました。
ライオンが返事をしようとしたとき、またもや別の地割れにさしかかりました。こんどのはすごく広くて深く、ライオンも一目でとびこえられないのがわかりました。
そこでどうしようかとすわって思案いたしました。そしてしばらく真剣に考えこんだあげく、かかしがいいました。
「割れ目にずいぶん近いところに、大きな木があるじゃないか。ブリキの木こりがこれを切り倒して、向こう側にまたがるようにすれば、楽々と歩いてわたれるよ」
「それはとびっきりの考えだ。その頭の中にはわらじゃなくて脳みそが入ってるんじゃないかと思うほどだよ」とライオン。
木こりはすぐに作業にかかり、斧も実に鋭かったので、木はほとんど切れるところまできました。そしてライオンが強い前足に全力をかけて押したので、大木はゆっくりとかたむいて、ドシーンと音をたてて割れ目にまたがるように倒れ、向こう側にてっぺんの枝だがとどいています。
この変わった橋をわたりはじめたところで、鋭いうなり声がしたので、みんな顔を上げました。するとおそろしいことに、クマの胴体とトラの頭をした巨大な動物が二頭、こちらへ走ってくるではありませんか。
「あれがカリダだ!」と臆病ライオンはふるえだしました。
「急いで! はやく渡ろう!」とかかし。
そこでドロシーは、トトをしっかりうでに抱いてわたりました。続いて木こり、それからかかしです。ライオンは、こわがってはいましたが、ふりむいてカリダと対決し、ものすごく大きくておっかない吠え声をたてましたので、ドロシーは悲鳴をあげて、かかしも背中からひっくりかえってしまいましたが、おそろしい獣たちもその場で立ち止まり、びっくりしてライオンを見ています。
でも、自分たちのほうがライオンより大きいのを見たのと、自分たちは二頭いてライオンは一頭だけなのに気がついたのとで、カリダたちはまた向かってきます。ライオンはわたり終えて、カリダたちがどうするかを見ました。一瞬たりともためらうことなく、おそろしい動物たちも木をわたりはじめ、ライオンはドロシーにこう言いました。
「もうおしまいだ、やつらはまちがなくあの鋭いツメで、わたしたちを細切れに引き裂いてしまうだろう。でもわたしのうしろについていなさい。命ある限り戦ってみせよう」
「ちょっと待った!」とかかしがいいます。どうするのがいちばんいいかを考えていたかかしは、割れ目にかかった木のこちら側を切ってくれと木こりに頼みました。ブリキの木こりはすぐに斧をふるいはじめ、そしてカリダ二頭がわたり終える直前に、木は大音響とともに深みに落ち込んで、いっしょに醜いうなるケダモノたちも落下していきました。どちらも底にある鋭い岩でこなごなです。
臆病ライオンは、ほっとしてすごく長いため息をつきました。「いやはや、これで寿命が少しのびたよ、ありがたい。たぶん生きられなくなったらとてもいやな気分だろうからね。あの生き物が実にこわかったから、心臓がまだどきどきしているよ」
ブリキの木こりが言いました。「いいなあ。わたしにもどきどきする心があればいいのに」
この冒険のおかげで、一行は前にもまして森をぬけだしたいと思いましたので、とても急ぎ足で歩き、ドロシーはくたびれてしまってライオンの背中に乗らなくてはなりませんでした。進むにつれて木がだんだんまばらになってきて、みんな大喜びでした。そして午後になると、とつぜん広い川にやってきました。目の前に、勢いよく流れています。水の向こう側には黄色いれんがの道がのび、美しい国へと続いています。そこでは緑の草原に明るい花が散り、道はどこもおいしそうな果物がいっぱいなった木の横を通っているのです。そんなすばらしい国が目の前にあるので、みんなとてもうれしく思いました。
「川はどうやってわたりましょう?」とドロシー。
かかしが答えます。「それはかんたん。ブリキの木こりがいかだを作ってくれれば、みんなそれに乗って向こう側につけるよ」
そこで木こりは斧を取り出して、いかだ用に小さな木を切り倒しました。木こりが精を出す間、かかしは川岸に立派な果物のたくさんなった木をみつけました。ドロシーは、一日中ナッツしか食べていなかったので大喜びで、熟した果物を心ゆくまで食べました。
でも、ブリキの木こりほど仕事好きで疲れをしらなくても、いかだづくりには時間がかかります。夜になってもまだ完成していませんでしたので。みんな木の下の心地よい場所をみつけて、朝までぐっすり眠りました。そしてドロシーはエメラルドの都と善良な魔法使いオズのことを夢に見ました。オズはまもなくドロシーを家に帰してくれることでしょう。
目次にもどる
われらが旅人の群れは、すっかり元気になって希望にあふれ、ドロシーは川辺の木の桃やすももでお姫様のような朝ご飯を食べました。うしろにはぶじに通り抜けてきた暗い森がありました。そこではいろいろくじけそうなこともありました。でも目の前には美しい日差しに照らされた国があって、それがエメラルドの都へとみんなを招いているようです。
確かに、いまは広い川がその美しい国への道をふさいでいます。でもいかだは完成しかけていました。ブリキの木こりが丸太を何本か木って、木のピンでそれをくっつけたので、出発の準備ができました。ドロシーはいかだの真ん中にすわって、トトをうでに抱きました。臆病ライオンがいかだに乗ると、ひどく傾きました。ライオンはとても大きくて重かったからです。でもかかしとブリキの木こりが反対側に立って安定させました。そして長いさおを持って、いかだを押すことになっていました。
最初はなかなかうまく行きました。でも川の真ん中にさしかかると、急流がいかだを川下に押し流し、黄色いれんがの道からはどんどん離れてしまいます。そして水もどんどん深くなって、長いさおが川底に届かなくなってしまいました。
「これは困った。岸につけないと、西の邪悪な魔女の国に流されてしまう。そうしたら魔法にかけられて奴隷にされてしまうぞ」とブリキの木こり。
「そしたらぼくは脳みそがもらえない」とかかし。
「わたしは勇気がもらえない」と臆病ライオン。
「そしてわたしは心がもらえない」とブリキの木こり。
「そしてあたしはカンザスに帰れない」とドロシー。
「できることなら何としてもエメラルドの都にたどりつかないと」とかかしは続けて、長いさおを思いっきり突き立てると、川底のドロにしっかりはまってしまって、抜くことも手を離すこともできないうちに、いかだが流されてしまったので、あわれなかかしは川の真ん中で、さおにしがみついたままとなってしまいました。
「さよなら!」とかかしはみんなに向かって叫び、みんなとしてもかかしを残していくのは大変に残念なことでした。ブリキの木こりは泣き出したほどですが、ありがたいことに自分がさびるかもしれないと思い出して、涙をドロシーのエプロンでぬぐいました。
もちろんこれはかかしにとってよくないことでした。
「これじゃあドロシーに会ったときよりもひどいぞ」とかかしは思いました。「あの時は、トウモロコシ畑の真ん中のさおにつきささっていたけれど、自分がカラスをおどかしているようなつもりには少なくともなれた。でも川の真ん中のさおにつきささったかかしなんて、絶対に何の役にもたたない。これじゃあ絶対に脳みそなんか手に入らないぞ!」
いかだは川下に流れ、あわれなかかしはずっとうしろに取り残されてしまいました。するとライオンが言います。
「なんとかしないと助からないぞ。わたしなら岸に向かって泳げるし、きみたちがしっぽの先につかまっていられれば、いかだを引っ張っていけるだろう」
そしてライオンは水に飛び込み、ブリキの木こりはしっかりとそのしっぽをつかんだので、ライオンは全力で岸めがけて泳ぎだしました。大きなライオンにとっても大変な仕事でした。でもだんだん一行は流れからぬけだして、そこでドロシーはブリキの木こりの長いさおを手にしていかだを岸に押しやる手伝いをしました。
やっと岸について、きれいな緑の草に足を下ろすと、みんなくたくたになっていましたし、またエメラルドの都に続く黄色いれんがの道からずっと遠くに流されてしまったのもわかっていました。
「さてどうしよう?」とブリキの木こりは、草に横たわってお日様にあたってからだを乾かそうとしたライオンにたずねました。
「まずはなんとかして道に戻らないと」とドロシー。
「いちばんいいのは川岸に沿って歩いて、道に戻ることだ」とライオン。
そこで元気が戻ると、ドロシーはバスケットを手にとって、草のはえた岸辺を歩いて川に流される前の道に戻ろうとしました。美しい国で、花や果樹や日差しはたっぷりあってとても元気が出たので、あわれなかかしのことさえ心配でなかったら、みんなとても幸せになれたでしょう。
みんな全速力で歩き、ドロシーはきれいな花をつむのに一度立ち止まっただけでした。しばらくすると、ブリキの木こりが叫びました。
「見ろ!」
そしてみんなが川を見ると、そこには水の真ん中でさおにつかまっているかかしがいました。とても寂しそうでかなしげです。
「どうすれば助けてあげられるかしら」とドロシー。
ライオンと木こりは、どちらも首を振りました。助ける方法がわからなかったからです。そこでみんな川岸にすわって、切ない思いでかかしを見つめていましたが、そこへコウノトリが一同を見て、水辺で休みに足を止めました。
「あなたたちはだれ、どこへ行くの?」とコウノトリがたずねます。
少女は答えました。「あたしはドロシーです。こちらはお友だちのブリキの木こりと臆病ライオン。みんなでエメラルドの都に行くところなんです」
「この道じゃないわよ」とコウノトリは、長い首をねじって鋭い目つきでこの風変わりな一行を眺めました。
「知ってます。でも、かかしさんが置き去りになったので、どうすればとりもどせるかを考えていたところなんです」
「その人はどこにいるの?」とコウノトリ。
「そこの川の中です」と少女は答えます。
「あまり大きかったり重かったりしなければ、つれてきてあげましょうか」とコウノトリ。
ドロシーは熱心にいいました。「ぜんぜん重くないんです。だってわらが詰まってるんですもの。連れ戻してくださったら、もういつまでも心から感謝します」
「まあやってはみますけどね。でも運ぶのに重すぎるのがわかったら、また川に落とすしかありませんからね」とコウノトリ。
そこで大きな鳥は空に舞い上がり、水上を飛んで、かかしがさおにつかまっているところまでやってきました。そしてコウノトリはその大きなかぎ爪で、かかしの腕をつかまえると宙に運び上げて、ドロシーやライオンやブリキの木こりがすわっている岸辺に運んできてくれました。
かかしはまた友だちと一緒になれて、とにかく嬉しかったので、みんなを抱きしめました。ライオンとトトすら抱きしめたほどです。そして歩きながら「トル・デ・リデ・オ!」と一歩ごとに歌うほど嬉しかったのでした。
「もうずっと川の中にいるのかと思ったよ。でも親切なコウノトリが助けてくれた。もし脳みそをもらえたら、コウノトリをまた見つけて、お返しに何か親切なことをするんだ」
「そんなのいいですよ」と一行と並んで飛んでいたコウノトリが言います。「困っている人を助けるのは好きですからね。でもそろそろ行きませんと。赤ん坊たちが巣でわたしを待っていますからね。エメラルドの都が見つかって、オズが助けてくれるとよいですね」
「ありがとうございます」とドロシーが答えると、親切なコウノトリは空にまいあがってじきに見えなくなりました。
みんなはそのまま歩き続け、色のきれいな鳥たちの声に耳を傾けたり、どんどん密になってほとんど一面に咲き乱れている美しい花をながめたりしました。大きな黄色や白や青や紫の花があって、その横には深紅のケシの大きな群れがあり、それがあまりにまばゆくて、ドロシーは目が痛くなったほどです。
「きれいだと思わない?」と少女は、花の強い香りを吸い込みながらたずねました。
「そのようだね」とかかしは答えました。「脳みそをもらったら、もっと気に入ると思う」
「心さえあれば、大好きになると思う」とブリキの木こりがつけ加えます。
「わたしは前から花が好きだ。か弱くて寄る辺ない感じで。でも森にはこれほどまばゆい花はない」とライオン。
だんだん、大きな深紅のケシの束が増えてきて、その他の花はどんどん減っていき、やがて一行は大きなケシの花畑の真ん中におりました。さて、こうした花がいっしょにこれだけあると、その香りがあまりに強すぎて、吸い込んだらすぐに寝てしまい、寝た人をそこから運び去らないと、いつまでも目を覚まさないということはよく知られています。でもドロシーは知りませんでしたし、またまわり一面にある深紅の花から逃げるのは無理でした。だからやがてまぶたが重くなり、すわって休んで眠らないといけない気がしました。
でもブリキの木こりが、そうはさせまいとがんばります。
「急いで日暮れまでに黄色いれんがの道に戻らないと」と言って、かかしもそれに賛成しました。そこでみんな歩き続けましたが、もうドロシーは立っていられなくなりました。心ならずも目が閉じ、自分がどこにいるかも忘れて、ケシの中に倒れて眠り込んでしまいました。
「どうしよう?」とブリキの木こり。
「放っておいたら死んでしまう」とライオン。「花の香りはわれわれみんなを殺そうとしている。このわたしですら、ほとんど目を開けていられないほどだし、犬はとっくに寝ている」
その通りでした。トトは女主人の横で寝てしまっていました。でもかかしとブリキの木こりは、肉でできていなかったので、花の香りに悩むこともありませんでした。
「走って、この恐ろしい花畑から急いで出よう。少女は運べるけれど、君が眠ってしまったら、運ぶには大きすぎる」とかかしはライオンに言いました。
そこでライオンは力をふりしぼり、思いっきりはやく駆け出しました。間もなく見えなくなってしまいます。
「手で椅子をつくってドロシーを運ぼう」とかかしはいいました。二人はトトを持ち上げてドロシーのひざにのせ、手を座面に、うでを椅子のうでにして、花の中を眠る少女を運んでいきました。
二人は歩き続け、みんなを取り巻くおそろしい花のじゅうたんはいつまで立っても終わらないかのようでした。川が曲がっているところを過ぎると、やっと友だちのライオンのところにきましたが、ライオンはケシの中でぐっすり眠っています。花は巨大な獣にも強すぎて、ライオンはついにあきらめてしまい、ケシ畑の終わりまであと少しというところで眠ってしまったのです。ケシ畑の向こうには、すてきな草が緑の野原となって広がっていました。
「ライオンにはどうしてあげることもできない」とブリキの木こりは悲しそうに言いました。「持ち上げるには重すぎる。ここでいつまでも眠り続けるまま残すしかない。ひょっとすると、やっと勇気を見つけた夢でも見るかもしれない」
「残念だよ。ライオンは、こんなに臆病なくせにとてもよい仲間だった。でも先へいかないと」
二人は眠る少女を川辺のきれいな場所につれていきました。もうケシ畑からは十分遠くて、花の毒をそれ以上すいこむ心配のないところです。やわらかい草の上に彼女をそっと横にして、新鮮なそよ風で目が覚めるのを待ったのでした。
目次にもどる
「そろそろ黄色いれんがの道からさほど遠くはないはずだよ」と少女の横のかかしは言いました。「だって川に流されたのと同じくらいの距離を戻ってきたんだから」
ブリキの木こりが答えようとしたとき、低いうなり声が聞こえたので、頭をめぐらすと(ちなみにちょうつがい式で実に見事に動きました)、奇妙な獣が草の上をぴょんぴょんと駆けてくるのが見えました。よく見ると大きな黄色いヤマネコです。何かを追いかけているようだな、と木こりは思いました。耳が頭にくっつくように寝ていて、口があんぐりと開き、みにくい歯が二列のぞいていましたし、赤い目が火の玉のようにかがやいていたからです。それが近づいてくると、ブリキの木こりはその獣の前を走っているのが小さな灰色の野ネズミだというのを見て取りました。ブリキの木こりには心はありませんでしたが、ヤマネコがこんなきれいで無害な生き物を殺そうとするのはまちがっているということはわかりました。
そこで木こりは斧をふりあげ、ヤマネコが横を駆けぬけるときにサッとふりおろすと、獣の頭は胴体からきれいに切り離されて、ヤマネコは二つにわかれて足下に転がりました。
野ネズミは、敵から解放されたので立ち止まりました。そしてゆっくりと木こりに近づくと、小さなキイキイ声でこう申しました。
「ああ、ありがとうございます! 命を助けてくださって本当にありがとうございます!」
木こりは答えました。「なんのなんの、礼にはおよびません。ごぞんじのとおりわたしには心がありませんので、友人を必要としそうな方はすべて助けるように気を使っているのですよ。それがただのネズミであってもね」
「ただのネズミ、ですって!」と小さな動物は憤然と叫びました。「わたしは女王なんですよ――すべての野ネズミの女王なんですからね!」
「おやそうでしたか」と木こりはおじぎをしました。
「ですから、わたしの命を助けてくださったあなたは、勇敢だっただけでなく、重要な役割を果たしたことにもなるのです」と女王はつけ加えました。
その瞬間に、何匹かのネズミがその小さな足の許す限りの速さで駆け寄ってきまして、女王を見てこう叫びました。
「ああ女王陛下、もう殺されておしまいになったかと思っておりました! あの大きなヤマネコからいかにして逃れられたのですか?」そしてみんな、小さな女王に向かって実に深々とおじぎをしたので、ほとんど逆立ちせんばかりでした。
「こちらの奇妙なブリキの方が、ヤマネコを殺してわたしの命を救ってくださったのですよ。ですから今後は、お前たちみんなこの方にお仕えして、どんな願いでもかなえてさしあげるように」と女王様は申します。
「御意!」とネズミたちはみんな、キイキイ声をあわせました。そしていっせいに四方八方に逃げ散りました。というのもそこでトトが目をさまして、まわりにネズミがたくさんいるのを見ると、大喜びで吠えて群れの真ん中にとびこんだからです。トトはカンザスにいるときはネズミを追いかけるのが大好きで、それが何の問題もないことだと思っていました。
でもブリキの木こりはイヌを捕まえるとしっかりと抱えて、ネズミたちに呼びかけました。「戻っておいで! 戻っておいで! トトは悪さはしないから」
これを聞いてネズミの女王は草むらから頭をつきだし、こわごわとたずねました。
「本当に噛んだりしませんか?」
「このわたしが噛ませませんよ。だからこわがらないで」と木こり。
一匹、また一匹と、ネズミたちはおっかなびっくり戻ってきまして、トトはもう吠えようとはしませんでした。でも木こりのうでからは逃れようとしまして、ブリキ製だと知らなければかみついていたことでしょう。とうとう、いちばん大きなネズミの一匹が尋ねました。
「女王さまの命を助けて頂いたご恩に報いるため、何かできることはありますでしょうか?」
「何も思いつかないなあ」と木こりはいいましたが、かかしは、考えようとしていたけれど頭にわらが詰まっているので考えられなかったのに、すぐにこう言いました。
「いやありますあります。ケシ畑で眠っている、友だちの臆病ライオンを助けてくれませんか」
「ライオンですって! わたしたちみんな食べられてしまいますよ!」と小さな女王が叫びます。
「いやいや、このライオンは臆病者ですから」とかかしは請け合いました。
「本当に?」とネズミ。
「だって自分でそう言ってますから。それにぼくたちの友だちであればだれも傷つけたりしません。だからこのライオン救助を手伝ってくれたら、みなさんに手荒な真似はしないと約束しますよ」とかかしは答えました。
「そういうことでしたら、あなたを信用しましょう。でもどうすればよいでしょう?」と女王さま。
「あなたを女王さまとあがめて、命令にしたがうネズミはたくさんいるんですか?」
「ええ、そりゃもう。何千匹も」と女王さま。
「それなら、すぐにここにくるよう、みんなにおふれを出してください。そしてみんな、長いひもを持ってくるように言ってください」
女王はおつきのネズミたちに向かって、すぐに臣民をみんな集めてくるように告げました。命令をきくがはやいか、みんなは一目散に四方へ散っていきました。
「さて、きみはあの川辺の森にいって、ライオンを運ぶ荷車を作ってくれよ」とかかしはブリキの木こりに言いました。
そこで木こりはすぐに森に向かって仕事にかかりました。そして大枝から葉っぱや小枝を切り落とし、それを並べてすぐに荷台を作ります。それらを木のくいでつなぎあわせると、大きな木の幹を短くきって、車輪を四つ作りました。木こりはこの仕事をとてもすばやく上手にやったので、ネズミたちが集まりはじめた頃には、荷車はもうすっかりできあがっていました。
ネズミたちは四方八方からやってきて、何千匹もおりました。大きなネズミ、小さなネズミ、中くらいのネズミ。そしてそのそれぞれが、ひもをくわえています。ドロシーが長い眠りからさめて目を開けたのはちょうどこの頃でした。自分が草の上に横たわっていて、何千匹ものネズミがまわりを囲んでびくびくとこちらを見ているのを見て、ドロシーはとてもびっくりしました。でもかかしがすべてを説明しまして、えらい小さなネズミのほうを向くと、こう言いました。
「お許しがいただければご紹介しましょう、こちらが女王陛下でございます」
ドロシーは深々とおじぎをし、女王さまも会釈をしまして、その後ドロシーととても仲良しになりました。
かかしと木こりは、ネズミたちが持ってきたひもを使って、ネズミを荷車に結びつけはじめました。ひもの片方をそれぞれのネズミの首にゆわえて、もう片方を荷車に結びます。もちろん荷車は、ひっぱるネズミのだれよりも千倍も大きかったのですが、ネズミがみんなで引っ張ると、楽々と動きました。かかしとブリキの木こりが乗っかっても大丈夫なほどで、一行はこの奇妙な小さい馬たちに惹かれて、ライオンが眠る場所に引かれていったのでした。
ライオンは重かったのでかなり苦労しましたが、なんとか荷台に載せました。そして女王さまは、急いでみんなに出発するように命じました。というのもケシ畑にあまり長居したら、ネズミたちも眠ってしまうのがこわかったからです。
最初、この小さな生き物たちは、これだけ数がいても、重たい荷物を積んだ荷車をほとんど揺らすことさえできませんでした。でも木こりとかかしが後ろから押したので、なんとかうまくいきました。やがて一同はライオンを、ケシ畑から緑の野原へと運び出し、花の有毒な香りではなく、甘くさわやかな空気が呼吸できるようにしてあげたのでした。
ドロシーが出迎え、仲間を死から救ってくれたことについて、暖かくお礼をいいました。ライオンがとても好きになっていたので、助かったことをとても嬉しく思ったのです。
それからネズミたちは荷車からほどいてもらって、草の中を自分たちの家へとカサコソと帰っていきました。ネズミの女王さまは最後まで残っていました。
「こんどまたお役にたてることがあれば、野原に出てきて呼んでください。聞きつけて、お手伝いに参りますよ。ごきげんよう!」
「さよなら!」とみんな答え、女王様は駆け去っていきまして、ドロシーはトトをしっかりと抱きしめて、イヌが女王さまの後をおいかけてこわがらせたりしないようにしました。
それからみんなは、ライオンが目を覚ますまでその横にすわっていました。そしてかかしはドロシーに近くの木から果物をもってきて、ドロシーはそれを晩ごはんにしたのでした。
臆病ライオンが目をさますまでにはしばらくかかりました。というのも、ケシの中にかなりいて、そのおそろしいにおいを吸い込んでいたからです。でもやっと目を開けて台車からころげおちると、自分がまだ生きているのを知ってとても喜びました。
「なるべく早く走ったんだけれどね」とライオンはすわってあくびをしました。「でも花が強すぎた。どうやってわたしを連れ出したんだい?」
そこでみんなは野ネズミの話をしまして、野ネズミたちが親切にもライオンを死から救ってくれたのだと教えました。すると臆病ライオンは笑って言いました。
「前から自分が大きくておそろしいと思っていたもんだが。でも花のような小さなものがわたしを殺しかけて、ネズミのような小さな動物が命を助けてくれる。なんとも不思議なことだ! でも同志のみんな、これからどうしよう?」
「旅を続けてまた黄色いれんがの道を見つけないと。そうすればエメラルドの都への旅を続けられるわ」とドロシー。
そこで、ライオンもすっかり元気を取り戻し、気分もよくなったので、またもや旅に出発し、柔らかく新鮮な草の上を楽しんで歩いていきました。そしてほどなく黄色いれんがの道にたどりつき、えらいオズの暮らすエメラルドの都に向かって進みはじめたのです。
いまや道は平らできれいに舗装されていましたし、まわりの国は美しいものでした。だから旅人たちは、森を遠く後にできて大喜びで、いっしょにその陰気な陰で出くわした多くの危険とも喜んでお別れしたのでした。ふたたび、道の脇には柵があるのが見えました。でもこれは緑色に塗られていて、明らかにお百姓さんが住んでいる小さな家に通りかかりましたが、これも緑色です。午後の間にそうした家を何軒か通り過ぎましたし、ときには人々が戸口まで出てきて、なにかききたそうにこちらを見ています。でも大きなライオンがいるせいで、だれも近寄りませんし話しかけてもきません。みんなライオンがとてもこわかったのです。人々はみんな美しいエメラルドグリーンの服をきていて、マンチキンたちと同じようなトンガリ帽子をかぶっていました。
「ここがオズの国にちがいないわ。まちがいなくエメラルドの都にも近づいているはずよ」とドロシー。
かかしが答えました。「そうだね。ここでは何でも緑なんだね。マンチキンたちの国では、青がお気に入りの色だったけれど。でもここの人はマンチキンたちほどは人なつっこくないよだし、今晩泊まる場所も見つけられそうにないよ」
「果物以外に何か食べたいわ。トトも腹ぺこのはずだし。次の家に寄って話をしてみましょうよ」と少女はいいました。
そこで大きめの農家にやってくると、ドロシーは大胆に戸口にいって戸を叩きました。婦人がかろうじて外が見えるくらいに戸を開き、こう言いました。
「何の用だね、小さいの。それとあのでかいライオンは何をしてるんだい?」
「お許しいただければ一晩泊めていただきたいんですけど。それとライオンはあたしの友だちで同志ですし、絶対に危害を加えたりはしません」
「おとなしいかい?」と婦人はもう少しだけ戸を開けました。
「そりゃもう。それにとっても臆病なんですよ。あなたがライオンをこわがるよりも、ライオンのほうがあなたをこわがってるんです」
婦人は思案して、もう一度ライオンを見ました。「ふむ。そういうことならお入り。ごはんと寝るところをあげよう」
そこでみんな家に入りましたが、そこには婦人のほかに子供ふたりと男性がおりました。男性は脚にけがをしていて、すみの長いすに横になっています。みんなこんな不思議な一行を見てとても驚いておりまして、婦人が忙しくテーブルの用意をする間、男性がたずねました。
「みんな、どこへいくんだね?」
「エメラルドの都です。えらいオズに会うんです」とドロシー。
男性は声をあげました。「ああなるほど! でもオズは本当に会ってくれるのかい?」
「会わないとでも?」
「だって、オズは絶対にだれにも会わないと言われているだよ。わたしはエメラルドの都には何度もったし、美しくてすばらしいところだよ。でも一度もえらいオズにはあわせてもらえなかったし、生きている人でオズに会ったという人もだれも知らん」
「オズは外には出ないんですか?」とかかし。
「決して。毎日宮殿の大きな玉座の間にすわって、身の回りの世話をする人たちでも、直接顔を合わせることはないそうだよ」
「どんな人なんですか?」と少女。
「それはなかなか答えにくいな」と男性は考え込んでいいました。「つまりオズはえらい魔法使いなので、どんな姿にでもなれるんだよ。だからある人は、鳥みたいだという。ある人はゾウみたいだと。ネコみたいだという人もいる。美しい妖精の姿だったり、お菓子になったり、思いのままどんな姿にでもなるんだ。でも本当のオズが、その本来の姿のときに何者なのかは、生きている人で知る者はないんだ」
「それはとても不思議ね。でも何とかして会わないと。さもないとこれまでの旅が無駄になっちゃうわ」とドロシー。
「どうしておそろしいオズに会いたいんだね?」と男性。
「ぼくは脳みそをもらいたいんです」とかかしは熱心に言いました。
「ああ、オズなら簡単なことだろう。自分で要るよりたくさん脳みそを持ってるんだから」男性はきっぱりと言います。
「わたしは心がもらえないかと」とブリキの木こり。
「造作もないこと。オズはありとあらゆる大きさと形の心を集めてるから」と男性は続けます。
「そしてわたしは勇気がもらいたい」と臆病ライオン。
「オズは玉座の間で勇気を大きなおなべに入れてあるんだ。そして金のお皿でふたをして、あふれないようにしてある。喜んであんたにわけてくれるだろう」
「そしてあたしはカンザスに送り返してほしいんです」とドロシー。
「カンザスってどこ?」と男性はびっくりしてたずねました。
「わかんないんです」ドロシーは悲しそうに言います。「でもあたしのおうちで、どっかにはあるはずなんです」
「なるほどそうだろう。まあオズならなんでもできる。だからカンザスも見つけてくれるだろう。でもまずはオズに会わないとな。これはなかなかむずかしい。大魔法使いはだれにも会いたがらないし、いつも自分の流儀を通すお方だからな。ところでおまえは何がほしいんだい?」と男は、続けてトトに話しかけました。トトはしっぽをふっただけでした。というのも、こう言うのも変な話ですが、トトはしゃべれなかったのです。
ここで婦人が、夕食ができたと呼びましたので、みんなテーブルのまわりに集まりまして、ドロシーはおいしいおかゆと、いりたまごと、すてきな白パンを食べ、食事を楽しみました。ライオンもおかゆを少し食べましたが、気に入らず、これは大麦でできているが大麦はウマの食べ物であってライオン向きじゃないと言いました。かかしとブリキの木こりは何も食べません。トトは何でも少しずつ食べて、またおいしい夕食にありつけたのでありがたく思っていました。
さて婦人は今度はドロシーに眠るベッドを与えてくれまして、トトはその横に寝て、ライオンはその部屋の入り口をまもって邪魔されないようにしました。かかしとブリキの木こりはすみに立って一晩中静かにしていましたが、もちろん眠りはしませんでした。
翌朝、日が昇ると同時に、みんな出発して、やがて前方の空に美しい緑の輝きが見えてきました。
「あれがエメラルドの都にちがいないわ」とドロシー。
歩き続けると、その緑の輝きはますます明るくなって、ついに旅も終わりに近づいているようでした。でも、都をとりまく大きな壁にたどりついたのは、午後になってからのことでした。壁は高く分厚く、まばゆい緑でした。
その前の、黄色いれんがの道の終点には大きな門があって、一面にエメラルドがちりばめられて、太陽の中でぎらぎら輝いたので、絵の具で描いただけのかかしの目ですらくらみそうになったほどです。
門の横には呼び鈴があって、ドロシーがボタンを押すと、中で金属っぽいカラカラいう音が聞こえました。すると大きな門がゆっくりと左右に開いて、みんなが中に入ると、そこは天井の高いアーチになった部屋で、その壁も無数のエメラルドで輝いています。
目の前にいるのはマンチキンたちと同じくらいの大きさの小男でした。頭のてっぺんからつま先まで全身緑ずくめで、肌の色さえちょっと緑がかっていました。その横には大きな緑の箱がありました。
ドロシーと仲間たちを見て、その人がこう言いました。
「エメラルドの都に何のご用かな?」
「えらいオズにお目にかかりにきたんです」とドロシー。
男はこの答えにびっくりしすぎて、すわって考え込んでしまいました。
「オズにお目にかかりたいという人がきたのは何年ぶりだろうか」と、とまどって首をふっています。「オズは強力でおそろしい方だし、大魔法使いの賢い思索をどうでもいいつまらない雑用でじゃましにきたら、腹を立てて一瞬であんたたちを消し去ってしまうかもしれんぞ」
「でもつまらない雑用じゃないし、どうでもよくなんかないんです」とかかしは答えました。「だいじな用なんです。それにオズはよい魔法使いだとききました」
「確かにその通り」と緑の男は言います。「そしてエメラルドの都を賢く立派に治めておいでだ。でも正直でない者や、好奇心で会いたがる者に対してはとても恐ろしいので、直接会いたいと頼む勇気を持った人はほとんどいない。わしは門の守備兵で、あんたたちが大オズに会いたいというからには、宮殿にお連れしなければならん。でもまずはこのメガネをかけていただこう」
「どうして?」とドロシーはききました。
「メガネをしないと、エメラルドの都のまばゆさと栄光で目がつぶれてしまうんだよ。都に暮らす人々でさえ、昼も夜もメガネをせにゃならん。みんな鍵をかけてあるんだ。都が最初に作られたときにオズがそう命じたからな。はずすための鍵を持っているのはわしだけだ」
そして大きな箱を開けると、それはあらゆる形と大きさのメガネでいっぱいでした。どれも緑のガラスがはまっています。門の守備兵は、ドロシーにぴったりのものを見つけてかけさせました。金のベルトが二本、頭のうしろにまわるようになっていて、それを閉める鍵は、門の守備兵が首にかけた鎖につながっているのでした。それをかけると、ドロシーがはずしたくてもはずせなかったのですが、でももちろんエメラルドの都の輝きで目がつぶれるのはいやでしたから、何も言いませんでした。
そして緑の男はかかしとブリキの木こりとライオンと、そして小さなトトにさえもメガネをあわせてかけさせまして、みんなしっかりと鍵をかけられました。
それから門の守備兵は自分でもメガネをかけて、宮殿まで案内する準備ができたと話しました。壁の釘にかけた大きな黄金の鍵を手にとると、守備兵は別の門をあけて、みんな後に続いてその門を通り、エメラルドの都の通りにふみだしたのです。
目次にもどる
緑のメガネで目を保護しても、ドロシーと友人たちはすばらしい都のまばゆさでくらくらしました。通りに面して美しい家が並び、どれも緑の大理石でできていて、そこらじゅうに輝くエメラルドがはめ込んであります。同じ緑の大理石でできた舗装道路を歩き、ブロックの継ぎ目にはエメラルドが一列にきっちりとはめこんであって、太陽の光の中で輝いています。窓は緑のガラスでした。都の上の空でさえ緑がかっていますし、日ざしも緑でした。
人がたくさん歩き回っています。男も女も子供も。みんな緑の服をきて、緑っぽい肌をしていました。みんな、ドロシーとその風変わりな連れの組み合わせを不思議そうに見つめ、子どもたちはライオンを見るとみんな逃げ出してお母さんのうしろに隠れるのでした。でも、だれも話しかけてきません。通りにはお店がたくさんあって、並んでいるものはどれも緑色でした。緑のキャンデーや緑のポップコーンが売られていて、他に緑のくつや緑の帽子、緑の服もいろいろ売られています。あるところでは、緑のレモネードを売っている人がいましたし、子どもたちがそれを買うところを見ると、支払いも緑の硬貨でされていました。
馬も、その他どんな動物もいないようです。人々は小さい緑の手押し車を押して物を運んでいます。みんな幸せそうで、満足して栄えているようでした。
門の守備兵に導かれて大通りを進むうちに、都のど真ん中にある大きな建物にやってきました。これが大魔法使いオズの宮殿でした。ドアの前には兵隊がいて、緑の制服を来て長い緑のひげをはやしています。
「ここにいる知らない者たちが、偉大なオズにお目通りを願っている」と門の守備兵が言いました。
「中に入りなさい。伝言を伝えよう」と兵隊が答えます。
そこで一行は宮殿の門を通って、大きな部屋に通されました。そこには緑のじゅうたんと、エメラルドのはまった美しい緑の家具セットが置かれていました。兵隊は、部屋に生える前に緑のマットでみんなに足をふかせました。そしてみんながすわると、礼儀正しくこう言いました。
「玉座の間のドアに赴いて、オズにあなたがたのご来訪を告げますので、くつろいでお待ちください」
兵隊が戻ってくるまでずいぶん待たされました。やっと戻ってきた兵隊に、ドロシーは尋ねました。
「オズには会えましたか?」
兵隊は答えます。「いえいえ、わたしはオズを見たことがありません。でも、ついたての向こうにすわったオズに話して、ご伝言を伝えましたよ。望みとあらば話をきいてやろうとのことです。でも、部屋にはみなさんそれぞれお一人ずつで入ること。そして一日にたった一人の話しかきかないとのことです。したがいまして、みなさんこの宮殿に何日かとどまるしかないので、旅のあとで心地よく休めるお部屋に案内させましょう」
「ありがとうございます。オズは親切な方ですね」と少女は答えました。
兵隊がこんどは緑の笛をふくと、すぐにきれいな緑の絹のガウンを着た娘が部屋にまいりました。美しい緑の髪と緑の目をしていて、ドロシーの前で深くおじぎをしながらこう言いました。
「おいでください、お部屋にご案内いたします」
そこでドロシーは、トト以外の友だちみんなにさよならを言って、犬をうでに抱えると、廊下七本をぬけ、階段を三階分のぼりまして、宮殿の正面側の部屋にやってきました。実にすてきな小部屋で、ふかふかの気持ちいいベッドには、緑の絹のシーツと緑のビロードのカバーがかかっています。部屋の真ん中には小さな泉があって、宙に緑の香水を吹き上げており、それが見事に彫刻された緑の大理石の池にまた落ちてくるのでした。美しい緑の花が窓に並び、小さな緑の本が並んだ本棚もあります。後でドロシーがその本を開いてみると、風変わりな緑の絵がいっぱいで、それがおかしすぎてドロシーは笑い出してしまいました。
たんすの中には、絹やサテンやビロード製の緑の洋服がたくさんありました。そしてどれもドロシーにぴったりです。
「何も遠慮はいりません。もし何か入りようでしたらベルを鳴らしてください。オズは明日の朝にお迎えをよこしますので」と緑の少女が言いました。
緑の少女はドロシーを一人残して、他の一行のところに戻りました。そのそれぞれを部屋に案内し、みんな自分が宮殿のとても快適な部屋に泊まることになったのを知りました。もちろんこんな礼儀正しさは、かかしには何の意味もないことでした。部屋にひとりきりになると、かかしは戸口を入ってすぐのところにバカみたいにじっと突っ立って、朝を待っていたのでした。横になっても休まるわけじゃないし、目も閉じられません。だから一晩中、部屋の隅で巣を作っている小さなクモを眺めてすごし、ここが世界でもっともすばらしい部屋の一つだなんてことはおかまいなしです。ブリキの木こりは、単に習慣でベッドに横になりました。肉でできていた頃のことを覚えていたからです。でも眠れませんでしたので、一晩中関節を上げたり下げたりして、それがきちんと動くようにして過ごしたのです。ライオンは、森の中の枯葉のベッドのほうがよかったし、部屋に閉じこめられるのもいやでした。でもそんなことを心配するには賢すぎました。そこでベッドに飛び乗るとネコのように丸くなり、ものの数分でのどを鳴らしながら眠ってしまいました。
翌朝、朝ごはんの後で、緑の女中がドロシーを迎えにきまして、すばらしくきれいなガウンを着せてくれました――緑のひだつきサテンでできているのです。ドロシーは緑の絹のエプロンをして、トトの首に緑のリボンを巻き、偉大なオズの玉座の間に向かったのでした。
まずは大広間にやっていました。そこには宮廷の数多くの紳士淑女がいて、みんな豊かな衣装を身につけています。この人たちは、おしゃべりするしかやることがありませんでしたが、でも毎朝玉座の間の外に毎朝集まるのでした。もっとも、オズとの面会を許されたことは一度もなかったのでした。ドロシーが部屋に入ると、みんな好奇心いっぱいで彼女をながめ、その一人がこうささやきました。
「本当に恐るべきオズの顔を目の当たりにするのかね?」
少女は答えました。「もちろんです。オズが会ってくださるなら」
「そりゃ会ってくれますよ」魔法使いに伝言を伝えてくれた兵隊が言いました。「でもオズは、人に会って欲しいと言われるのがあまりお好きではないんです。実は、最初はずいぶん腹をたてて、追い返してしまえとおっしゃったんですよ。でもそこで、どんな風体なのかと尋ねられまして、あなたの銀のくつの話をすると、とても興味をお示しになりました。最後にあなたのおでこのしるしについて話しますと、面会を許そうと決意なさったのです」
ちょうどそのとき、鐘がなって緑の少女がドロシーにこう言いました。
「あれが合図です。お一人で玉座の間に入らなくてはなりません」
少女が小さなドアを開けたので、ドロシーは勇気を出してそこを通ってみると、すばらしい場所に出ました。大きな丸い部屋で天井は高いアーチになっており、壁や天井や床はぎっしり並べた大きなエメラルドでおおわれています。天井の中心には太陽と同じくらいまばゆい光があって、そのためにエメラルドがとても見事にきらめきます。
でもドロシーがいちばん興味をひかれたのは、部屋の真ん中にそびえる緑の大理石製の大きな玉座でした。椅子のような形をしていて、その他のすべてと同じく宝石で輝いています。椅子の真ん中には、巨大な頭があるのですが、それを支える身体もなければ、腕や脚もまるっきりありません。この頭には髪の毛もありませんでしたが、目や鼻や口はあって、ものすごい巨人の頭よりも大きいのです。
ドロシーが不思議そうにおびえながらこれを見上げていると、目がゆっくりと動いて、ドロシーを鋭くじっと見つめました。それから口が動いて、こんな声がドロシーには聞こえました。
「我こそはオズ、偉大にして恐ろしき存在である。お前は何者だ、そして何故私を求めるのか?」
大きな頭からの声としては、思っていたほどひどい声ではありませんでした。そこで勇気を出してこう答えました。
「あたしはドロシー、小さくてか弱い者です。助けていただきたくてまいりました」
目は、まるまる一分間もドロシーを考え深げに見つめました。それから声がこう言いました。
「その銀のくつはどこで手に入れた?」
「東の邪悪な魔女から手に入れたんです、あたしの家が魔女の上に落っこちて、魔女を殺したときに」とドロシーは答えました。
「おでこのしるしはどこでついた?」と声はたずねます。
「これは北のよい魔女が、あたしにさよならを言ってあなたを訪ねに送り出したときにキスしてくれたところです」と少女。
またもや目はドロシーを鋭く見つめましたが、いまの話が本当だと見極めました。そしてオズは訪ねました。
「私に何を望むのだ?」
「カンザスに送り返してください。エムおばさんとヘンリー叔父さんのいるところへ」とドロシーは心の底から答えます。「あなたの国はとても美しいけれど、でも好きじゃないんです。それにエムおばさんも、あたしがこんなに長いこと留守にして死ぬほど心配してると思うんです」
目は三回まばたきして、それから天井を見上げ、床を見下ろし、さらに実に奇妙な感じできょろきょろしたので、部屋の隅々まで眺め回しているようでした。そしてやっと、再びドロシーを眺めました。
「なぜ私がお前のためにそんなことをせねばならんのだ?」とオズは訪ねます。
「だってあなたは強くてあたしは弱いんですもの。あなたはえらい魔法使いで、わたしはただの寄る辺ない女の子でしかないんです」とドロシー。
「だがおまえは東の邪悪な魔女を殺すだけの力を持っていたではないか」とオズ。
「あれは成り行きです。どうしようもなかったんです」とドロシーはきっぱり答えました。
頭は言いました。「そうか。私の答えを伝えよう。カンザスに送り返せというからには、かわりに私のたのみをきかなくてはならない。この国では、自分の手に入れるものについてはすべてそれなりの代償を支払うのだ。私の魔法の力を使って家に送り返してほしいのであれば、まずは私のためにやらなくてはならないことがある。私を助けてくれたら、私もおまえを助けよう」
「何をしなくてはいけないのでしょうか?」と少女はたずねます。
「西の邪悪な魔女を殺すがいい」とオズが答えました。
「でもそんなの無理です!」とドロシーは大いに驚いてさけびました。
「おまえは東の魔女を殺したし、おまえのはいている銀のくつは強力な魔法を持っている。いまやこの地に残る邪悪な魔女はたった一人。それが死んだと言えるようになったら、カンザスに送り返してやろう――だがそれまではだめだ」
少女は泣き出しました。本当にがっかりしてしまったのです。すると目はまたまばたきして心配そうに彼女を見つめました。まるでえらいオズが、ドロシーさえその気になれば自分を助けてくれるのに、とでも思っているかのようでした。
「あたしはわざと生き物を殺したことは一度もないんです」とドロシーはすすり泣きました。「それに殺したくったって、どうすれば邪悪な魔女なんか殺せるんですか? 偉大でおそろしいあなたですらご自分で殺せないものを、どうやってあたしに殺せとおっしゃるんですか?」
頭は言いました。「知らんな。だがそれが私の答えだ。そして邪悪な魔女が死ぬまでは、おまえはおじさんにもおばさんにも会えぬのだ。忘れるな、この魔女は邪悪だ――とんでもなく邪悪だ――だから死なねばならぬのだ。さあ行け、そして仕事を終えるまではもう私に会おうとしてはならぬ」
ドロシーは悲しくてたまりませんでしたが玉座の間を去り、ライオンやかかしやブリキの木こりがオズの返事を聞こうと待っているところへ戻りました。
「もう何の希望もないわ。オズは西の邪悪な魔女を殺すまではおうちに返してくれないんですって。そんなの無理よ」ドロシーは悲しそうに言います。
友達みんな、ドロシーをかわいそうに思いましたが、どうにも手助けしようがありません。だからドロシーは部屋に戻ってベッドに横たわり、泣きながら眠ってしまいました。
翌朝、緑のヒゲをはやした兵隊がかかしのところにやってきてこう言いました。
「いっしょにいらしてください。オズがお呼びです」
そこでかかしは後にしたがい、大玉座の間に通されました。するとそこのエメラルドの玉座にすわっているのは、実に美しい女性でした。緑の絹のガーゼを身にまとい、流れる緑の巻き毛の上に宝石をちりばめた王冠をかぶっています。その肩からは翼が生えていて、豪華な色合いをして実に軽く、ごくわずかな風にでも吹かれるとそよぐのです。
この美しい生き物の前でかかしが、そのわらの詰め物で可能な限りきれいにおじぎをしてみせると、女性は優しくかかしを見下ろしてこう言いました。
「我こそはオズ、偉大にして恐ろしき存在です。お前は何者ですの、そして何故私を求めるのですか?」
さてかかしは、ドロシーが話してくれた巨大な頭に会うものと思っていたので、とてもびっくりしていました。でも勇気を出してこう答えました。
「ぼくはただのかかしで、わらが詰まっているだけです。ですから脳がないので、頭にわらのかわりに脳を入れてくれるようお願いしにまいったのです。そうすればあなたの領土にいるだれにもまけないいっぱしの人物になれるでしょうから」
「なぜわたしがそんなことをしなければいけませんの?」と婦人がたずねます。
「だってあなたは賢くで強力でいらっしゃるし、ほかにだれもぼくを助けられる人はいないんです」とかかしは答えました。
「おかえしなしに願いを聞き届けたりはしませんのよ」とオズ。「でもこれだけは約束しましょう。わたしのために、西の邪悪な魔女を殺してくれたら、大量に脳みそを差し上げましょう。それも実によい脳みそで、オズの国で最高の賢者になれるようなものを」
「魔女を殺せというのはドロシーに頼んだことじゃないんですか」かかしは驚いて言いました。
「頼みましたよ。だれがあの魔女を殺そうとかまわないのです。でもあの魔女が死ぬまでは、望みはかなえてあげません。さあ行きなさい、そしてその求めてやまない脳みそを勝ち取るまでは、もうわたしに会おうとしてはなりません」
かかしはとても悲しい気持ちで友人たちのところへ戻り、オズの言ったことを話しました。ドロシーは、大魔法使いが自分の見たような頭ではなく、美しい婦人だったときいてびっくりしました。
「そうは言ってもね、あの女性はブリキの木こりに負けないくらい心が入り用だね」とかかし。
翌朝、緑のヒゲをはやした兵隊がブリキの木こりのところにきて言いました。
「オズがお呼びです。こちらへどうぞ」
そこでブリキの木こりは後について大きな玉座の間にやってきました。オズが美しい婦人になるか頭になるかは知りませんでしたが、美しい婦人だといいな、とは思いました。「だって、もし頭なら絶対に心なんかもらえないだろう。頭には心臓がないから、ぼくに同情したりはできないはずだ。でも美しい婦人なら、とにかく拝み倒して心をもらうんだ。ご婦人方はみんな心優しいというから」と木こりは自分に言い聞かせました。
でも木こりが大きな玉座の間にはいると、そこにいたのは頭でもなければ婦人でもありません。オズは実におそろしい獣の姿をしていたのです。大きさはゾウほどもあって、緑の玉座でもその重みをささえきれるか怪しそうです。獣はサイのような頭をしていましたが、顔には目が五つもあります。体からは長い腕が五本生え、長く細い脚も五本はえています。前進をぶあついもじゃもじゃの毛が覆っていて、これ以上はないというくらい恐ろしげです。ブリキの木こりに今のところ心臓がなかったのは幸運でした。あったら恐ろしくてすごい音でドキドキしたでしょうから。でもただのブリキの木こりはちっともこわくありませんでした。ただとてもがっかりしただけです。
「我こそはオズ、偉大にして恐ろしき存在である。お前は何者だ、そして何故私を求めるのか?」と獣は、すさまじい咆哮のような声で一息に言いました。
「わたしは木こりで、ブリキでできています。だから心がなく、愛することができません。お願いですから心をください。ほかの人々と同じようになりたいのです」
「なぜそんなことを私がせねばならんのだ?」と獣が問いただします。
「わたしがお願いするからです。そしてこの望みをかなえられるのはあなただけだからです」と木こりは答えました。
オズはこれを聞いて低くうなりましたが、不機嫌そうにこう言いました。
「本当に心を望むのであれば、それを勝ち取らねばならない」
「どうやって?」と木こりがききます。
獣は申します。「ドロシーが西の邪悪な魔女を殺すのを手伝え。魔女が死んだら戻ってこい。そうしたらオズの国で最大の最も親切で愛に満ちた心をくれてやろう」
そこでブリキの木こりは仕方なく悲しい思いで友達のところに戻り、自分の見た恐ろしい獣のことを話しました。みんな、大魔法使いがいろいろな姿を取れることを大いに不思議がりました。するとライオンは言いました。
「わたしが会見するときにオズが獣だったら、思いっきり吠えて怖がらせて、望みをかなえさせよう。そして美しい婦人だったら、飛びかかるふりをして、こちらの要求にしたがうようにさせよう。そして大きな頭だったら、こっちの思うつぼだ。部屋中その頭をゴロゴロ頃がして、こちらの願いを叶えると約束するまでやめない。だから友人諸君、元気を出したまえ。すべてはまだよくなる見込みがあるんだから」 翌朝、緑のヒゲの兵隊がライオンを大きな玉座の間に案内して、オズにお目通りするよううながしました。 ライオンはすぐにドアを入り、見回して目に入ったのは、驚いたことに玉座の前にいる火の玉でした。実に強烈に燃えて輝いていたので、ほとんど正視できません。最初、オズがうっかり自分に火をつけてしまって炎上しているのかと思いました。でも近づこうとしてもあまりに熱がすごくて、ヒゲが焦げてしまったので、ライオンはふるえながらコソコソと、ドアに近い場所に戻りました。 すると火の玉から低く静かな声がして、こう申しました。
「我こそはオズ、偉大にして恐ろしき存在である。お前は何者ですか、そして何故私を求めるのですか?」そしてライオンはこう答えます。
「わたしは臆病ライオンで、すべてがこわいのです。勇気を与えてくださいとお願いに参りました。そうすれば人間たちが呼ぶような百獣の王に本当になれるからです」
「なぜ勇気をやらねばならないのでしょう?」とオズが問いただします。
「あらゆる魔法使いの中であなたが最も偉大ですし、この望みをかなえられるのはあなただけだからです」とライオンは答えました。
火の玉はしばし強烈に燃え上がり、そして声がこう言いました。
「西の邪悪な魔女が死んだという証拠を持ってきなさい。そうしたら一瞬で勇気をあげます。でも魔女が生き続ける限り、おまえも臆病なままです」
ライオンはそう言われて腹がたちましたが、何も返答できず、だまって火の玉を見つめているうちにそれがとんでもなく熱くなってたので、しっぽを巻いて部屋から逃げ出しました。すると友人たちが待っていてくれたのでうれしく思いまして、この魔法使いとの恐ろしい面談の話を聞かせました。
「じゃあどうしましょう?」とドロシーが悲しそうにたずねました。
「できることは一つしかない」とライオンが答えます。「それはウィンキーたちの国に行って、邪悪な魔女を探し出して倒すことだ」
「でもできなかったら?」と少女。
「そうしたらわたしは決して勇気をもてないだろう」とライオンが宣言しました。
「そしてぼくは決して脳みそをもてない」とかかしが言い足します。
「そしてわたしは決して心を持てない」とブリキの木こり。
「そしてあたしは二度とエムおばさんやヘンリーおじさんに会えないのね」と言ってドロシーは泣き出しました。
緑の少女が叫びました。「気をつけて! 涙がその緑の絹のガウンに落ちたらしみになりますよ」
そこでドロシーは涙をふいて言いました。
「やるしかないようね。でもあたしは絶対にだれも殺したくないのよ、エムおばさんにまた会うためとはいえ」
「わたしもいっしょに行こう。でも臆病すぎて魔女を殺せないだろうが」とライオン。
「ぼくも行くよ」とかかしが宣言します。「でもあまり役には立てないだろうなあ、こんなにバカだから」
「わたしは魔女を殺せるほどの心臓すらないんだよ」とブリキの木こりが言います。「でもきみが行くなら、わたしも是非とも行こう」
そういうわけで、翌朝出発することに決めまして、木こりは緑の砥石で斧を研いで、間接に全部きちんと油をさしました。かかしは新鮮なわらを詰め直し、ドロシーが目をきれいに描き直してもっとよく見えるようにしてあげました。みんなにとても親切だった緑の少女は、ドロシーのバスケットにおいしい食べ物をたくさん詰めてくれて、トトの首に緑のリボンで小さな鈴をつけてくれました。
みんなずいぶん早く寝て、日が昇るまでぐっすり眠りましたが、宮殿の裏にすむ緑のオンドリのときの声と、緑の卵を産んだめんどりのコッコという鳴き声で目が覚めました。
目次にもどる
緑のひげをはやした兵隊は、エメラルドの都の通りを案内して、一同は門の守備兵の住む部屋にやってきました。この係官はみんなのめがねの鍵をはずし、大きな箱に戻すと、礼儀正しくわれらが友人たちのために門を開けてくれました。
「西の邪悪な魔女のところに行く道はどれですか?」とドロシーがたずねました。
「そんな道はないな。そっちの方に行きたがる人はだれもおらんから」と門の守備兵が答えました。
「じゃあどうやって魔女をさがせというの?」少女は問い詰めます。
「それなら簡単だ。あんたらがウィンキーたちの国に入ったことを知ったら、魔女のほうがあなたたちを見つけて、みんな自分の奴隷にしてしまうだろうから」
「そうはいかないかも。ぼくたちは彼女をたおすつもりなんだ」とかかし。
「それなら話は別だ」と門の守備兵は言いました。「これまで彼女を倒した人はいないので、わしは当然あなたたちもほかのみんなと同じように奴隷にされるものと思ってたからな。でもご注意を。魔女は邪悪で兇暴だから、簡単には倒されないかもしれんぞ。日が沈む西のほうに向かえば、まちがいなく見つかるだろう」
みんなは守備兵にお礼をいって、さよならをいうと西に向かい、あちこちにヒナギクやバターカップが散った柔らかい草原を歩き出しました。ドロシーはまだ宮殿で着たきれいな絹のドレスを着ていましたが、おどろいたことにそれは今や緑ではなく、真っ白なのでした。トトの首に巻いたリボンもまた緑色が消えて、ドロシーの服と同じく白くなっていました。
エメラルドの都はやがてはるか後ろになりました。前に進むにつれて、地面はだんだんでこぼこして坂道になってきました。というのもこの西の国には畑も家もなく、地面は耕されていなかったのです。
午後になると太陽が暑くみんなの顔に照りつけました。蔭を作ってくれる木もありません。だから夜になる前に、ドロシーとトトとライオンは疲れてしまい、草の上に横たわって寝てしまいました。木こりとかかしは見張りをつとめます。
さて西の邪悪な魔女は片目しかありませんでしたが、その目は望遠鏡のように強力で、どこでも見ることができました。だから自分の城の戸口にすわった魔女がたまたまあたりを見回していると、横になって眠っているドロシーと、それを取り巻く友だちを見つけました。みんなずいぶん遠くにいたのですが、邪悪な魔女はみんなが自分の国にいるので腹をたてました。そこで首にかけた銀の笛を一回吹いたのでした。
すぐに四方八方から大きなオオカミの群れが走ってきました。みんな長い足をおっかない目と鋭い歯をしています。
「こいつらのところへいって、細切れに引き裂いておしまい」と魔女は言います。
「奴隷にするんじゃないんですか?」とオオカミの首領がたずねました。
「いや。ひとりはブリキで、ひとりはわらだ。一人は女の子で一人はライオン。どれも仕事にはむいてない。だから細切れに引き裂いてかまわないよ」と魔女は答えました。
「わかりました」とオオカミは言うと、全速力で駆け出し、ほかのみんなも後に続きます。
運のいいことに、かかしと木こりが起きていてオオカミの来襲を聞きつけました。
木こりがいいました。「これはわたしの戦いだ。みんな後ろへ。わたしがやつらのお相手をしよう」
木こりはとても鋭くした斧をつかみまして、オオカミの首領が飛びかかってくると、ブリキの木こりは腕を振るい、頭を胴体から切断したので、オオカミはすぐに死んでしまいました。また斧をふりあげると共に、次のオオカミがとびかかり、これもブリキの木こりの武器がもつ鋭い刃の下に倒れました。オオカミは四〇匹おりまして、一匹ずつオオカミが殺されること四〇回。とうとうみんな、木こりの前に山をなして死んでしまいました。
そして木こりは斧をおろしてかかしの横にすわると、かかしは「みごとな戦いだったよ」と言うのでした。
二人はドロシーが翌朝目を覚ますのを待ちました。少女は毛むくじゃらのオオカミが大きな山になっているのを見てとてもこわがりましたが、ブリキの木こりがすべてを話しました。ドロシーは助けてもらったお礼をいうと、腰をおろして朝ご飯をたべ、その後みんな旅を続けました。
さてその同じ朝、邪悪な魔女はお城の戸口にやってきて、遠くまで見渡せる片目であたりを眺めました。オオカミたちがみんな死んで、見知らぬ連中がまだ自分の国を旅しているのを見ました。これで魔女は前よりもっと腹をたてたので、銀の笛を二回吹きました。
すぐさま野生のカラスの大きな群れが魔女のほうにやってきて、それがあまりに多くて空が暗くなってしまうほどでした。
そして邪悪な魔女はカラスの王さまに言いました。「すぐにあのよそ者たちのところへ飛んでいけ。目玉を突きだして引き裂いておやり」
野生のカラスたちはすぐに大きな群れを作って、ドロシーと仲間たちのほうへ飛んでいきました。少女はカラスの来襲を見ると怖くなりました。
でもかかしがこう言うのでした。「これはぼくの戦いだ。脇に伏せていればけがをせずにすむよ」
そこでかかし以外のみんなは地面に伏せました。かかしは立ち上がって腕をのばします。そしてカラスがかかしを見ると、みんなおびえました。鳥というのはかかしを見るとこわがるものだからです。そして近づこうとはしません。でもカラスの王さまはいいました。
「あれはただの詰め物をした人だぞ。オレが目玉を突きだしてやる」
カラスの王さまがかかしに向かって飛ぶと、かかしはその頭をつかまえて首をひねって殺してしまいました。そして次のカラスが飛びかかると、かかしはまた首をひねります。カラスは四〇羽、かかしが首をひねること四〇回、やがてみんなかかしの横に死んで横たわっていました。それからかかしは仲間たちに立ち上がるように言いまして、みんな旅を続けたのでした。
邪悪な魔女がまた見渡して、自分のカラスたちがみんな山になって死んでいるのを見ると、カンカンに起こってしまい、銀の笛を三回吹き鳴らしたのでした。
たちまち宙にすさまじいブンブン言う音がして、黒いハチの群れが飛んできました。
「よそものたちのところにいって刺し殺しておしまい!」と魔女が命じると、ハチたちは向きをかえて、歩いているドロシーと友人たちのところにやってきました。でも木こりはそれを見つけておりましたし、かかしは手を考えてありました。
「ぼくのわらを取り出して、女の子と犬とライオンにかぶせるんだ。そうしたらハチは刺せない」とかかしは木こりに言いました。木こりはその通りにして、ドロシーはライオンのすぐ横に横たわってトトをうでに抱いていると、わらがみんなを完全に覆いました。
ハチたちは着いてみると、刺せる相手が木こりしかおりませんでしたので、みんな木こりに群がりましたが、針がブリキに当たって折れてしまい、木こりは痛くもかゆくもありません。そしてハチは針が折れると生きていけないので、黒いハチたちはそれで一巻の終わりとなり、みんな木こりのまわりに、細かい石炭の小さな山のように積み上がって散乱しているのでした。
ドロシーとライオンは立ち上がり、少女はブリキの木こりと一緒に、かかしにわらをつめなおしてあげたので、かかしも前と変わらないくらいになりました。そしてみんな、また旅を続けたのです。
邪悪な魔女は、自分の黒いハチたちが細かい石炭の小さな山のようになっているのを見て、とんでもなく腹をたて、足をふみならして髪の毛をひきぬき、歯をガチガチいわせました。そして奴隷のウィンキーたち十二人を呼び、鋭い槍を渡すと、よそ者たちのところへいって倒してこいといいました。
ウィンキーたちは勇敢な人々ではありませんでしたが、言われた通りにするしかありません。そこで行進してドロシーの近くにやってきました。するとライオンがすさまじく吠えてウィンキーたちのほうへ躍りかかりましたので、かわいそうなウィンキーたちはふるえあがって、一目散に駆けもどってきたのでした。
一同が城に戻ると邪悪な魔女はベルトで思いっきりみんなを殴りつけてから仕事に戻し、次にどうしようかすわって考えたのでした。よそ者たちを倒そうとする計画がどれも失敗したのはなぜなのか、どうしても解せません。でもこれは邪悪なばかりでなく強い魔女でもあったので、やがてどうしようか腹を決めたのでした。
魔女の食器棚のなかには金の帽子があって、ふちはダイヤとルビーが取り巻いています。この金の帽子には呪文がかかっています。これを所有する人はだれでも三回だけ翼ザルを呼び出せるのです。翼ザルは、どんな命令にでもしたがいます。でも、三回以上命令できる人はだれもいません。邪悪な魔女はすでに二回、この帽子の呪文を使っていました。一回目はウィンキーたちを奴隷にしてこの国を自分が支配するようにしたとき。これを手伝ったのが翼ザルでした。二回目は、えらいオズ自身と戦って、かれを西の国から追い出したとき。これまた翼ザルに助けがあったのです。この金の帽子を使えるのはあと一回でしたから、他の力を使い果たすまでは、魔女としてもこれを使いたくはありませんでした。でも、凶暴なオオカミや野生のカラスや刺すハチたちがいなくなり、奴隷たちが臆病ライオンにおどかされて追い払われたので、ドロシーと友人たちを倒すにはこれしかないと考えたのです。
そこで邪悪な魔女は食器棚から金の帽子を取り出して頭にかぶりました。それから左足で立つと、ゆっくりとこう言いました:
「エッペ、ペッペ、カッケ!」
それから右足で立ってこう言います:
「ハイロー、ホウロー、ハッロー!」
その後、両足で立って大声でさけびました。
「ジッジー、ズッジー、ジク!」
すると呪文が効きはじめました。空が暗くなり、低いとどろくような音が聞こえてきます。たくさんの翼がばさばさと音を立て、おしゃべりや笑い声がたくさん聞こえて、そして暗い空から太陽が顔を出すと、邪悪な魔女はサルの群れに囲まれていましたが、そのサルたちはみんな、肩に巨大で強力な翼を一対はやしているのです。
中でもずっと大きな一匹が、どうやら首領のようです。それが魔女の近くに飛んできました。「三回目、最後の呼び出しですよ。ご命令は?」
「あのあたしの国にいるよそ者たちのところへいって、ライオン以外みんな倒しておしまい」と邪悪な魔女は申しました。「獣はここへ連れておいで。馬みたいにつないで働かせようと思うから」
「ご命令通りにいたします」と首領は言いました。そして、かなりの笑いとおしゃべり声と騒音をたてながら、翼ザルたちは飛び立ってドロシーと友だちが歩いているところへやってきました。
サルの一部はブリキの木こりをつかまえると宙を運び、鋭い岩でいっぱいの土地にやってきました。そしてかわいそうな木こりをそこに落とすと、遙か上から岩に落ちた木こりはボコボコになってへこんでしまい、動くどころかうめくこともできなくなりました。
他のサルはかかしをつかまえ、長い指で服と頭のわらを全部引っ張り出してしまいました。帽子とながぐつは小さな束にして、高い木のてっぺんの枝に放り投げてしまいました。
後のサルたちは、強い縄をライオンのまわりに投げかけて、胴体と頭とをぐるぐる巻きにしたので、もう噛んだりひっかいたり抵抗したりできなくなりました。それからそのライオンをかかえあげて、魔女の城に飛んで戻り、逃げられないように高い鉄の柵をつけた小さな庭に入れられたのでした。
でもドロシーには指一本触れませんでした。トトを抱いたまま、仲間たちの悲しい運命をながめて、間もなく自分の番だわと思って立ちつくしておりました。翼ザルの首領は飛んでドロシーに近寄ります。その長い毛深い腕をのばし、醜い顔は恐ろしい笑いを浮かべていました。でもおでこのよい魔女のキスのしるしを見ると、ぴたりと止まって、他のサルたちにも手を出すなと合図をしました。
「われわれはこの少女を傷つけられないぞ。この子は善の力で守られている。善の力は悪の力より強いんだ。邪悪な魔女の城に運んで、そこに置いてくるしかない」と翼ザルの親玉はみんなに言いました。
そこで注意深くそっと、翼ザルたちはドロシーを抱え上げて、さっと宙を運んで城に戻ると、入り口の階段におろしました。そして親玉は魔女に言いました。
「できる限りご命令にはしたがいました。ブリキの木こりとかかしは破壊され、ライオンはしばって中庭につれてきました。少女は傷つけることはできないし、この子が抱いている犬にも手がだせません。われらが群れに対するあなたの力はこれで終わりであり、あなたはもう二度とわれわれに会うことはありません」
そして翼ザルはみんな、かなりの笑いとおしゃべり声と騒音をたてながら宙に舞い上がると、やがて見えなくなりました。
邪悪な魔女は、ドロシーのおでこのしるしを見て、びっくりして不安になりました。というのも、翼ザルも自分自身も、これではまったくドロシーに手が出せないのがわかったからです。ドロシーの足を見下ろして銀の靴を見ると、魔女はこわくてふるえだしました。その靴が実に強力な呪文をそなえているのを知っていたからです。最初、魔女はドロシーから逃げ出したくなりました。でも子供の目をのぞきこんでみると、その背後にある魂が実に単純であることを知り、銀の靴が与えてくれるすばらしい力のことも知らないとわかりました。そこで邪悪な魔女はこっそり笑ってこう思いました。「力の使い方を知らないんだから、まだ奴隷にはできるわね」そしてドロシーに、冷たく厳しくこう言いました。
「こっちにおいで。何でも言われた通りにするんだよ。さもないと、おまえも一巻の終わりだよ、ブリキの木こりやかかしと同じ目にあわしてやる」
ドロシーは魔女のあとについて、お城の美しい部屋をたくさん通り抜けて台所にやってきました。そこで魔女はドロシーにおなべややかんを洗わせて、床を掃かせ、火にたきぎをくべさせたのでした。
ドロシーは元気なく仕事にかかり、とにかくがんばって働こうと結審しました。魔女に殺されないだけましだと思ったのです。
ドロシーがいっしょうけんめい働いているので、魔女は中庭にいって臆病ライオンを馬のように縄につなごうとしました。ドライブにいくときに、馬車をライオンにひかせたら絶対におもしろかろうと思ったのです。でも門をあけるとライオンは大きく吠えて、思いっきり魔女に飛びかかったので、魔女は怖くなって駆けだし、また門を閉じてしまいました。
「おまえを縄につけられないなら、飢えさせてやろう。こっちの言うことをきくまでは何もたべさせなからね」と魔女は、門の鉄格子の間からライオンに言いました。
そしてその後は、とらわれのライオンには何も食べ物をあげませんでした。でも毎日魔女はお昼に門のところにやってきて、こうきくのでした。「馬みたいに縄につながれる用意はできたかえ?」
するとライオンは答えます。「いいや。もしこの庭に入ってきたら、かみついてやるからな」
ライオンが魔女の言うことをきかなくてよかったのは、毎晩この女が眠っている間に、ドロシーが食器棚から食べ物をライオンに運んでいたからなのです。食べ終わったらライオンはわらの寝床に横になり、ドロシーもその横に寝て、頭をその柔らかいもじゃもじゃのたてがみにもたせかけ、そして二人は苦労を語り合って、逃げ出す方法を計画しようとしました。でも城から逃げ出す方法は見つかりません。いつも黄色いウィンキーたちに守られていたからです。ウィンキーたちは邪悪な魔女の奴隷で、魔女の命令に背くのをこわがっていました。
少女は昼間はいっしょうけんめい働かなくてはならず、魔女はしょっちゅう、いつも手に持っている古い傘でなぐってやるとおどかすのでした。でも実は、おでこのしるしのおかげで、魔女は決してドロシーを叩くことはできないのでした。子供はこれを知らなかったので、自分とトトのためにおびえきっていました。あるとき、魔女はトトを傘でなぐりつけ、勇敢な犬はおかえしに飛びかかって脚にかみつきました。魔女はかまれても血が出ませんでした。邪悪すぎて、体内の血が何年も前に干上がってしまったからです。
カンザスやエムおばさんのところに戻るのが前よりずっとむずかしくなったことがだんだんわかってきて、ドロシーの暮らしはとても悲しいものとなりました。ときには何時間もおいおいと泣き、それをトトが足下にすわって顔を見上げ、女主人のためにとても悲しいのだと示すために、惨めに鼻をクンクン鳴らしておりました。トトは実は、カンザスにいようとオズの国にいようとどうでもよくて、ドロシーさえいっしょならよかったのです。でも少女が悲しいのがわかったので、自分も悲しくなってしまいました。
さて邪悪な魔女は、少女がいつもはいている銀の靴を自分のものにしたくてたまりませんでした。ハチもカラスもオオカミたちも、みんな山になってひからびつつありますし、銀の帽子の力も使い切ってしまっていますが、もし銀の靴さえ手に入れば、失ったものすべてに勝るだけの力を手に入れられるのです。そこでドロシーを注意深く見張って、靴をぬがないかと待っていました。そうしたら盗んでやろうと思ったのです。でもこの子はきれいな靴が誇らしくて、夜とお風呂のとき以外はぬぎませんでした。魔女は暗闇がとてもこわかったので、靴のためでも夜にドロシーの部屋には入りたくありませんでしたし、水は暗闇よりもっとこわかったので、ドロシーがお風呂に入っているときには決して近寄りませんでした。実はこの年寄りの魔女は決して水にさわらず、水が自分に触れることも決して許さなかったのでした。
でもこの邪悪な生き物はとてもずるがしこいので、欲しいものを手に入れるための手口を考えつきました。台所の床の真ん中に鉄の棒をおいて、魔術を使ってその鉄が人間の目には見えないようにしました。だからドロシーが床を横切ると、その棒が見えなかったのでつまづいて、思いっきりころんでしまいました。けがはしませんでしたが、ころぶときに銀の靴が片方ぬげてしまいました。そしてそれに手をのばすより先に、魔女がうばいとって自分のやせた足にはいたのでした。
邪悪な女は自分の手口がうまくいったのでとげもご満悦でした。靴が片方あれば、その呪文の力の半分は手に入れたわけですし、ドロシーがその力を使えたとしても、魔女を倒すのには使えないからです。
少女は、きれいな靴を片方なくしたのに気がついて腹を立てて魔女に言いました。「靴を返して!」
魔女は言い返しました。「いやなこった。これはもうあたしの靴であって、おまえんじゃないんだからね」
「ひどい生き物ね、あなたって! あたしの靴を取っていいはずがないでしょう!」とドロシーは叫びます。
魔女は笑いながら言いました。「それでも靴はもらっとくよ。いつの日か、もう片方もお前からとってやる」
これでドロシーはカンカンに腹をたてまして、近くの水のバケツをつかむと魔女にぶちまけて、頭からつま先までびしょぬれにしてしまいました。
すぐに邪悪な女は恐怖の叫び声をあげて、そしてドロシーがびっくりして見つめる中で、魔女は縮んでつぶれはじめたのです。
「なんてことをしてくれたんだい! あと一分であたしゃとけちまうよ」と魔女は叫びました。
「本当にごめんなさい」ドロシーは、魔女が目の前で黒砂糖みたいに本当にとけていくのを見て、心底怯えていたのでした。
「水にあうとあたしがおしまいだって知らなかったのかえ?」と魔女は、哀れっぽい悲しそうな声で尋ねました。
「もちろん知らなかったわよ。知ってるはずがないでしょう」とドロシー。
「ふん、あと数分であたしは完全にとけちゃうよ。城はおまえのものだ。あたしは邪悪な生涯を送ったが、おまえみたいな娘っこにとかされて、邪悪な行いを終えさせられようとは思ってもいなかったよ。ほらごらん――消えちゃうよ!」
そう言うと同時に、魔女は茶色いドロドロの形なきかたまりになって、きれいな台所の床板の上に流れだしました。本当に魔女がとけて消えたのを見ると、ドロシーはバケツの水をもういっぱい持ってきて、その汚れにかけました。それからみんなまとめて戸口から掃き出してしまいました。老婆が後に残した唯一のものである銀の靴をひろうと、それを洗って布でかわかし、また自分の足にはきました。そして、やっと自分の好きにできるようになったので、中庭にかけだして、西の邪悪な魔女はもうおしまいで、自分たちも異国の地の囚人ではなくなったことをライオンに告げたのです。
目次にもどる
臆病ライオンは、邪悪な魔女がバケツの水でとけてしまったときいて大喜びでした。そしてドロシーはすぐに牢屋の門の鍵をあけてライオンを外に出してあげたのです。二人は城にいって、ドロシーがまずやったのは、ウィンキーたちみんなによびかけて、もう奴隷じゃなくなったと教えてあげることでした。
黄色いウィンキーたちは大喜びでした。というのも、邪悪な魔女のために何年にもわたってつらい仕事を強いられてきたのですから。魔女はいつもみんなをとても残酷に扱ったのでした。ウィンキーたちはこの日をそれからずっと祝日として、お祝いと踊りに費やしたのでした。
「友だちのかかしとブリキの木こりさえいたらなあ。そうすれば文句なしに幸せなのに」とライオンがいいました。
「助けてあげられないものかしら?」少女は熱心に尋ねました。
「やってみようか」とライオンは答えます。
そこで二人は黄色いウィンキーたちを呼び出して、友だちを助けるのを手伝ってくれないかと頼みますと、ウィンキーたちは自分たちをくびきから解放してくれたドロシーのためなら、喜んで全力をつくしましょうと申しました。そこでいちばん賢そうなウィンキーたちを何人か選ぶと、みんなで出発しました。その日一日と翌日の半ばまで旅して、ブリキの木こりがボコボコになってひしゃげている岩地にやってきました。斧は近くにありましたが、刃がさびて、柄も折れて短くなっています。
ウィンキーたちは木こりをそっとうでに抱えあげ、黄色い城へ運んで戻りました。道中、ドロシーは旧友の悲しい運命に涙を少し流し、ライオンは生まじめで悲しそうな様子でした。城につくと、ドロシーはウィンキーたちに言いました。
「この中にブリキ職人はいませんか?」
「ええいますよ。とても腕のいいブリキ職人が何人かいます」とみんなは言いました。
「じゃあその人たちをつれてきて」とドロシー。そしてブリキ職人が、道具をみんなかごに入れてやってくると、ドロシーは問いただしました。「ブリキの木こりのへこみをなおして、曲げて元通りにして、壊れたところはハンダづけできますか?」
ブリキ職人たちは木こりを慎重に検分すると、新品同然に修理できると思う、と述べました。そこでみんなは、城の大きな黄色い部屋で作業にかかり、三日と四晩にわたり働いて、ブリキの木こりの脚や胴体や頭を叩いたりひねったり曲げたりハンダづけしたりして、やがてついにまっすぐもとの姿に戻り、関節も新品同様に働くようになりました。確かに、何カ所かつぎはあたっていましたが、ブリキ職人はいい仕事をしていましたし、木こりは見栄っ張りではなかったので、つぎが当たっていてもまったく気にしませんでした。
とうとう木こりがドロシーの部屋に歩いてきて、助けてくれた礼を申したときには、木こりはあまりに有頂天で喜びの涙を流したので、ドロシーは関節がさびないように、涙を注意深く全部エプロンでぬぐってあげなくてはなりませんでした。同時に、ドロシー自身の涙も旧友に再会できた喜びのために大量に流れ出しましたが、こちらはぬぐいさる必要はありませんでした。ライオンはというと、目を何度もぬぐいすぎたしっぽの先がびしょぬれになってしまい、おかげで中庭に出て、乾くまで日にかざさなくてはなりませんでした。
「かかしさえいっしょならなあ。そうすれば文句なしに幸せなのに」ドロシーができごとをすべて話して聞かせ終えると、ブリキの木こりはそう言いました。
「なんとか見つけなくては」と少女。
そしてドロシーはウィンキーたちを呼んで助けを求め、一行はその日一日と翌日半日にわたり歩いて、翼ザルたちがかかしの服を投げた枝を持つ背の高い木のところにやってきました。
とても高い木で、幹はつるつるだったのでだれも登れません。でも木こりはすぎに言いました。「わたしが切り倒そう。そうすればかかしの服が取り戻せる」
さてブリキ職人が木こり自身をなおす作業をしている間に、ウィンキーたちの中の黄金職人は純金の斧の柄を作り、古い折れた柄のかわりに木こりの斧にはめたのでした。別のウィンキーは斧の刃を磨いたので、さびも取れ、磨いた銀のように輝きました。
せりふを言い終わるがはやいか、ブリキの木こりは斧をふるいだし、じきに木がドシンと倒れると、かかしの服が枝から飛び出して、地面に転げ落ちました。
ドロシーはそれをひろうと、ウィンキーたちに城まで運ばせまして、きれいな上等のわらを詰めてもらいました。するとどうでしょう! かかしは新品同様になり、助けてくれてありがとうと何度もお礼を言っていました。
これでみんなが再会できたので、ドロシーと友人たちは黄色いお城で幸せに何日か暮らしました。そこには快適に暮らすためのものが何でもそろっていたのです。
でもある日、少女はエムおばさんのことを思い出してこう言いました。「オズのところにもどって、約束を果たしてもらわないと」
「そうだね。わたしはついに心が手に入るんだ」と木こり。
「そしてぼくは脳みそが手に入る」とかかしが嬉しそうにつけ加えます。
「そしてわたしは勇気を手に入れる」とライオンは思慮深げに言います。
「そしてあたしはカンザスに戻るのよ!」とドロシーは手を叩きながら叫びました。「ね、明日にもエメラルドの都に向かって出発しましょうよ!」
みんなそうしようと言いました。翌日、みんなはウィンキーたちを呼び集めてさよならを言いました。ウィンキーたちはみんなが行ってしまうのを残念がり、ブリキの木こりがたいへんに気に入ったので、お願いだから自分たちと西の黄色い国を治めてくれと頼みます。でもみんなが出発しようと決意しているのを知って、ウィンキーたちはトトとライオンにそれぞれ金の首輪をあげました。そしてドロシーには、ダイヤをちりばめた美しいブレスレット。そしてかかしには転ばないように、黄金の握りがついた杖を。そしてブリキの木こりには、金を張って宝石をはめこんだ銀の油さしをあげたのでした。
旅人たちみんな、お返しにウィンキーたちにすてきな演説をして、みんな腕が痛くなるほど握手を続けました。
ドロシーは魔女の食器棚にいって、バスケットに道中の食べ物をつめましたが、そこで金の帽子を目にしました。かぶってみると、ぴったりです。黄金の帽子の呪文のことは何も知りませんでしたが、きれいだと思ったので、それをかぶることにして、それまでの日よけボンネットはバスケットに入れて運ぶことにしました。
そして旅の準備が整ったので、一行はエメラルドの都に向かって出発しました。そしてウィンキーたちは万歳三唱して、よい旅の祈りで見送ったのでした。
目次にもどる
邪悪な魔女とエメラルドの都との間には道が――小道すら――なかったのをご記憶でしょう。四名が魔女をさがしにでかけたときには、魔女が一行を見つけて、翼ザルを送り出して自分のところにつれてきたのでした。運ばれるのに比べると、バターカップや黄色のひなぎくの大きな草原を通って帰り道を見つけるのはとてもむずかしいのでした。もちろん、まっすぐに日の昇る方角の東に向かえばいいのだということは知っていました。そして正しい方向には出発したのです。でも昼には太陽が頭の真上にあって、どっちが東でどっちが西かわからなくなり、このために大草原の中で一行は迷子になってしまったのです。でもみんな歩き続け、夜になると月が出て明るく輝きました。そこで一行はあまい香りの黄色い花の中に横たわり、朝までぐっすりと眠りました――かかしとブリキの木こり以外のみんなは。
翌朝、太陽は雲の後ろに隠れていましたが、みんな自分の向かう方向に自信があるかのように出発しました。
「とにかく歩いていれば、いずれどこかにたどりつくにちがいないわ」とドロシー。
でも一日、また一日と過ぎても、一行の前には相変わらず深紅の草原が広がっているだけでした。かかしはちょっとぶつくさ言い始めました。
「まちがいなく迷子になったぞ。エメラルドの都にたどりつけるような道をみつけないと、ぼくは絶対に脳みそが手に入らなくなる」
「わたしの心もだ。オズのところに着くのが待ちきれないほどなのに、この旅はどう考えてもあまりに長い」
ライオンも泣き言を言います。「なあ、わたしもどこにも行き着くあてがないのに、いつまでも歩き続けるほどの勇気はないよ」
するとドロシーも意気がくじけてしまいました。草にすわって仲間を見ましたが、みんなもすわってドロシーを見返すだけですし、トトは生まれて初めて、頭の横を飛んでゆくちょうちょを追い駆けられないほど疲れているのに気がつきました。だからベロを突きだしてはあはあ言うと、どうしましょうというようにドロシーを見上げました。
「野ネズミを呼んだらどうかしら」とドロシーは提案しました。「たぶんエメラルドの都への道を教えてくれるわ」
「そりゃ確かに教えてくれるはずだ。どうして今まで思いつかなかったんだろう?」とかかしが叫びます。
ドロシーは、ネズミの女王にもらってからずっと首にかけていた小さな笛を吹きました。ほんの数分で、パタパタと小さな足音が聞こえて、小さい灰色のネズミたちがたくさんドロシーのほうにやってきました。その中には女王さまご自身もいて、小さなキイキイ声でこうたずねました。
「何かお役にたてることは、わがご友人たち?」
「迷子になったんです。エメラルドの都はどこにあるか教えてくださいますか?」とドロシー。
「もちろんですよ」と女王さまは言いました。「でもずいぶん遠いところですよ。だってあなたがたはいままでずっと、反対方向に歩き続けてたんですものねえ」そのとき女王さまはドロシーの黄金の帽子に気がつきまして、こう言いました。「その帽子の呪文を使って、翼ザルを呼べばよろしいのに。オズの都まで一時間もせずに運んでくれますよ」
「呪文があるとは知らなかったわ」とドロシーは答えます。「どんな呪文なんですか?」
ネズミの女王さまは答えました。「金の帽子の内側に書いてありますよ。でも翼ザルを呼ぶんならわたしたちは逃げないと。あのサルたちはいたずらが大好きで、わたしたちをいたぶって大いに楽しむ連中ですからね」
「あたしたちを傷つけたりしないかしら」と少女は不安そうにたずねました。
「いえいえ、帽子の主の言うことにはしたがわなくてはならないんですよ。ごきげんよう!」そして女王さまはさっさと見えなくなり、ねずみたちもみんなその後に急いでしたがいました。
ドロシーが金の帽子の中をのぞくと、ふちのところに何か書いてあります。これが呪文にちがいないわと思ったので、指示を注意深く読んでから、帽子をかぶりました。
「エッペ、ペッペ、カッケ!」と左足で立っていいます。
「いま、何て言ったの?」ドロシーが何をしているのか知らないかかしがたずねます。
「ハイロー、ホウロー、ハッロー!」とドロシーは右足で立って続けました。
「こんにちは (ハロー)!」ブリキの木こりが落ち着いて答えました。
「ジッジー、ズッジー、ジク!」と両足で立ったドロシーが言いました。これで呪文を唱え終わったのですが、するとすさまじいおしゃべりと羽ばたきが聞こえ、翼ザルの群れが飛んできました。
王さまはドロシーの前で深くおじぎをしてたずねました。「ご命令は?」
「エメラルドの都にいきたいんだけど、迷子になっちゃったんです」と子供はいいました。
「われわれがお運びしましょう」と王さまが答えるがはやいか、サルが二匹ドロシーをつかまえて、飛び去りました。他のサルたちがかかしや木こりやライオンを運び、小さなサルがトトをつかまえて一行を追いかけます。でもトトは、なんとかサルにかみつこうとするのでした。
かかしとブリキの木こりは、前に翼ザルにどんなにひどい目にあわされたか覚えていたので、ちょっとこわがっていました。でも危害を加えるつもりはないことを知ると、意気揚々と空を飛び、はるか眼下のきれいな庭園や森を見下ろして楽しい時をすごしました。
ドロシーは、いちばん大きなサル二匹の間で楽々と飛んでおりました。片方は王さま自らです。二匹は手で椅子をつくり、ドロシーを傷つけないように注意していました。
「あなたたち、どうして金の帽子の呪文にしたがわなくてはいけないの?」とドロシーはたずねました。
「話せば長くなります」と王さまは翼つきの笑いとともに答えました。「でもこれから長旅ですし、お望みなら暇つぶしにおはなししましょうかね」
「是非きかせてください」と彼女は返事しました。
首領は語り始めました。「むかしむかし、われわれも自由で、大森林で幸せに暮らし、木々の間を飛び、木の実や果物を食べ、だれをも主人とあおがずに勝手気ままにすごしていたのです。中には、ときにいたずらが過ぎるものもいたかもしれません。空から降下して翼のない動物のしっぽを引っ張ったり、鳥を追いかけたり、森の中を歩く人に木の実を投げつけたりしていました。でもみんな気苦労もなく幸せで楽しさいっぱいで、一日の一瞬毎を満喫しておりました。これはずっと昔の、オズが雲の間からやってきてこの地を支配するようになるはるか前のことです。
その頃、この国のはるか北には、美しい王女さまが住んでおりまして、この方は強力な女魔法使いでもありました。魔法はすべて人助けに使われ、善人を傷つけたことは一度もないとされていました。名前はゲイレットといい、ルビーの大きな固まりでできたすてきな宮殿に暮らしていたのです。だれもがこの方を愛しておりましたが、この方の一番の悲しみは、愛し返せる相手がだれも見つからないということだったのです。というのもこれほど美しく賢い方と添うにしては、男たちはみんなあまりにバカで醜すぎたからでしあ。でもついに、ハンサムで男らしくて歳以上に賢い少年が見つかりました。ゲイレットは、この子が男になったら夫にしようと決意して、ルビーの宮殿につれて帰ると、魔法の力をありったけつかって、どんな女性で願える最大限に強く善良で美しくしたのでした。その子が成人して大人になると、クエララという名前でしたが、この国で最高の最も賢い男だといわれまして、一方でその男らしい美しさは相当なものだったのでゲイレットは心底かれを愛し、結婚式の準備を万端にしようと急いだのでした。
ゲイレットの宮殿近くにすんでいた翼ザルの王さまは、当時はわたしのおじいさんでした。そしておじいさんは、三度の食事よりも冗談が好きだったのです。ある日、結婚式の直前に、おじいさんが仲間と飛んでいると、川辺をクエララが歩いているのを見かけました。ピンクの絹とむらさきのビロードでできた高価な衣装を着ていたので、おじいさんはちょっとからかってやろうと思いました。そして一言命令すると、仲間たちはまいおりるとクエララをつかみ、運び抱えて川の真ん中上空に連れ出して、水の中に落としたのです。
『おしゃれな旦那、泳いであがっといで。水でお洋服にしみができたかみてごらん』とおじいさんは叫びました。クエララはそこで泳がないほどバカではありませんでしたし、これまで幸運な目にあってもお高くとまったりはしていませんでした。水面に浮かび上がると笑って、岸まで泳ぎ着いたのです。でもゲイレットがクエララのほうに駆けだしてくると、絹やビロードが川で台無しになったのがわかりました。
王女さまはとてもお腹立ちで、もちろんだれの仕業かもごぞんじでした。翼ザルをみんなつれてこさせて、最初はみんなの翼をしばって、クエララに対する仕打ちと同じように、川に落としてやると言いました。でもおじいさんは必死でお願いしました。サルたちは翼をしばられたら川の中でおぼれてしまうのがわかっていたからです。そしてクエララも、翼ザルたちを取りなしてくれました。そこでゲイレットはやっと翼ザルを許したのですが、その条件として、それから金の帽子の持ち主の命ずることを三回かなえるように決めたのです。この帽子はクエララの結婚式のおくりものとして作られたもので、王女さまはこのために国の半分を支払ったと言われています。もちろんおじいさんやその他のサルたちはすぐにその条件に同意して、それでわれわれはその金の帽子の持ち主に対し、だれでも三回は奴隷をつとめなくてはならなくなったのです」
「そしてそれからどうなったの?」ドロシーはこのお話にとても興味を持ったのでたずねました。
「金の帽子の最初の持ち主は、クエララになりました」とサルは答えました。「最初にわれわれに願いをかなえさせたのはクエララです。その花嫁はわれわれを見るのもいやだったので、クエララは彼女と結婚してすぐに、森の中でわれわわれを呼び出して、つねに花嫁が翼ザルを目にしないようなところにいるよう命じました。これはわれわれも喜んでしたがいました、というのもみんな彼女がこわかったからです。
われわれがしなければいけないのはそれだけだったのですが、やがて金の帽子は西の邪悪な魔女の手に落ちてしまい、この魔女はわれわれを使ってウィンキーを奴隷にし、それからオズその人を西の国から追い出させました。いまや金の帽子はあなたのものですし、願いをかなえさせる権利も三回手に入れたわけです」
サルの王さまがお話を終えて、ドロシーが見下ろすと前方にエメラルドの都の緑の輝く壁が見えました。サルの飛行の速さにドロシーは感心しましたが、旅が終わったことをありがたく思いました。不思議な生き物たちは旅人たちを慎重に都の門の前におろし、王さまはドロシーに深くおじぎをすると、すぐに飛び去り、その後にサルの群れ全員がしたがうのでした。
「よい道中だったわね」と少女。
「うん、面倒がさっさと片づいたな」とライオンが答えました。「きみがあのすばらしい帽子を持ってきたのは実に運がよかったよ!」
目次にもどる
四人の旅人たちは、エメラルドの都の大門に歩みよって、呼び鈴を鳴らしました。何度か鳴らしたあとで、前に会ったのと同じ門の守備兵が開けてくれました。
「なんと! 戻ってきたのかい?」と守備兵はおどろいてたずねました。
「ごらんの通りですよ」とかかし。
「でも西の邪悪な魔女を訪ねていったと思ったが」
「確かに訪ねましたよ」とかかし。
「あの魔女がだまって帰してくれたと?」守備兵は不思議そうにたずねます。
「魔女はそうするしかなかったんですよ。だってとけちゃったんですから」とかかしが説明します。
「とけた! なんと、それは実によいしらせだ。だれがとかした?」
「ドロシーだよ」とライオンが重々しく言いました。
「信じられん!」と男は叫び、ドロシーの前に深々と頭を下げました。
それから小さな部屋に案内して、ちょうど前と同じように、大きな箱のメガネをみんなの目に鍵をかけてはめました。その後で、みんなは門を通ってエメラルドの都に入ったのです。門の守備兵から、ドロシーが西の邪悪な魔女をとかしてしまったときくと、人々はいっせいに旅人たちのまわりにむらがって、大群衆となってオズの宮殿までついてきました。
扉の前では緑のひげの兵隊がまだ見張りをしていましたが、すぐに一行を入れてくれて、またもやあのきれいな緑の少女に迎えられ、これまたすぐに各人を前と同じ部屋に案内してくれて、オズが一行に会う準備ができるまで休憩できるようにしてくれました。
兵隊はドロシーをはじめとする旅人たちが、邪悪な魔女をたおして戻ってきたことをすぐにオズに伝えました。でもオズは何も返事をしません。みんな、大魔法使いがすぐに呼びにくると思っていましたが、そうはなりませんでした。次の日も何もなく、その次の日も、その次の日も。待っているのは退屈でつかれてしまいますし、とうとうみんな、オズの命令のためにつらい思いをして奴隷にまでされたのに、こんなひどい仕打ちを受けたことで頭にきてしまいました。そこでかかしはついに緑の少女に、オズに次のメッセージを伝えてくれと頼みました。オズがすぐにみんなを入れて会ってくれなければ、翼ザルを呼んで助けてもらい、オズが約束を守ったかどうか調べるぞ、という伝言です。魔法使いはこの伝言をきくと縮み上がって、すぐに翌朝九時を四分過ぎた時刻に玉座の間にくるようにと伝えてよこしたのでした。オズは翼ザルと西の国で対決したことがあり、二度とそれをくりかえしたくはなかったのです。
四人の旅人たちは眠れぬ夜をすごしました。みんな、オズが自分に与えると約束してくれた贈り物のことを考えていたのです。ドロシーは一回まどろんだだけで、そのときにもカンザスにいる夢を見ました。そこではエムおばさんが、少女が家に戻ってきてくれてどんなにうれしいかを語っていたのでした。
翌朝九時きっかりに、緑のひげの兵隊がやってきて、四分後にみんな大オズの玉座の間に通されました。
もちろんみんなそれぞれ、前に会った姿で魔法使いが出てくると期待していましたので、見回しても部屋にだれもいないのを見てみんなとてもおどろきました。戸口の近くで四人は固まっていました。というのも、空っぽの部屋の静けさは、それまで見たオズのどんな姿よりもおそろしかったからです。
すぐにみんな、重々しい声を耳にしました。どうも大きなドームのてっぺんあたりからきているようです。それがこういいました。
「我こそはオズ、偉大にして恐ろしき存在である。何故私を求めるのか?」
みんなもう一度部屋のすみずみまで見渡しましたが、だれもいませんので、ドロシーはたずねました。「どこにいるんですか?」
すると声が答えます。「わたしはあらゆるところにいる。だが一介の凡人の目には我が姿は見えぬ。いまからわたしは玉座に腰をおろし、お前たちがことばをかわせるようにしてやろう」。確かに声は、その時にはまさに玉座からまっすぐきているようでした。そこでみんな玉座のほうに歩いていき、その前に一列に並びまして、ドロシーはこういいました。
「オズよ、わたしたちは約束を果たしてもらいにやってまいりました」
「何の約束だ?」とオズ。
「邪悪な魔女をたおしたら、カンザスに送り返してくれるって約束しました」と少女。
「そしてぼくには脳みそを約束してくれた」とかかし。
「そしてわたしには心をくれると約束してくれた」とブリキの木こり。
「そしてわたしには勇気をくれると約束してくれた」と臆病ライオン。
「邪悪な魔女は本当に倒されたのか?」と声がいいましたが、ドロシーはそれがちょっとふるえているように思いました。
「はい。バケツの水でとかしました」
声はいいました。「これはなんと。こんなにすぐにとは! じゃあ明日また戻っておいで、わたしも考える時間がいるのだ」
「もう考える時間ならたっぷりあっただろう」とブリキの木こりは怒ったようにいいました。
「もうこれ以上一日たりとも待たないぞ」とかかし。
「約束は守ってちょうだい!」とドロシーが叫びます。
ライオンは、魔法使いをおどかしてやるといいかもしれないと思って、大きく激しく吠え、それがあまりに恐ろしげで壮絶だったので、トトはびっくりしてライオンからとびのいて、すみっこのついたてを倒してしまいました。それがドシンと音を立てて倒れたのでみんなはそちらを見て、次の瞬間、みんなあっけにとられてしまいました。というのも、ついたてに隠されていたまさにその場所には小さな老人が立っていて、頭ははげて顔はしわくちゃで、その人もこちらに負けず劣らずびっくりしていたようだったのです。ブリキの木こりは斧を振り上げて小さな男のほうに駆け寄って叫びました。「おまえはだれだ?」
「我こそはオズ、偉大にして恐ろしき存在である」とその小男はふるえる声でいいました。「でも斧で打たないで――おねがいだから――そしたら望みはなんでもきくから」
われらが友人たちは、おどろいたやらがっかりしたやらでその男を眺めます。
「オズは大きな頭だと思ったのに」とドロシー。
「ぼくはオズはきれいな女性だと思っていた」とかかし。
「そしてわたしはオズがおっかない獣だと思っていた」とブリキの木こり。
「そしてわたしはオズが火の玉だと思っていたよ」とライオンが叫びます。
「いやいや、みなさんまちがっておる」と小男はよわよわしくいいました。「それはわしがでっちあげたんじゃよ」
「でっちあげた!」とドロシーは叫びました。「あなた、大魔法使いじゃないんですか?」
「静かに、おじょうちゃん。そんなに大声を出したら人に聞かれちまう――そしたらわしは破滅だ。わしは大魔法使いだってことになってるんだから」
「じゃあちがうの?」とドロシー。
「ぜんぜんちがうとも、おじょうちゃん。わしはふつうの人間じゃよ」
「ふつうどころじゃないよ」とかかし。「あんたはペテン師だ」
「まさにその通り!」と小男は、そういわれて嬉しいかのように手をこすりあわせました。「わしはペテン師だ」
「でもそりゃひどい。それなら心なんかとうてい手に入らないじゃないか」
「あるいはわたしの勇気は?」とライオン。
「あるいはぼくの脳は?」とかかしは嘆きつつ、上着の袖で目の涙をぬぐいます。
「わが友人諸君」とオズ。「お願いだからそんなつまらん話をせんでおくれ。わしのことも考えて送れ、ばれたらわしがどんなにまずい立場に置かれることか」
「ほかにあなたがペテン師だと知ってる人はいないの?」とドロシーはたずねました。
「あんたたち四名――そしてこのわし以外はだれも知らんよ。ずっとみんなをだましてきたもんで、絶対にばれないと思ったんだがな。あんたたちをこの玉座の間に通したのは大失敗だったよ。いつもは臣民たちにすら会わないから、みんなわしを恐ろしい存在だと信じてくれるんだ」
「でも、ちょっとわかんないんですけど」とドロシーはわけがわからなくなってたずねました。「どうしてあなたは、大きな頭に見えたの?」
「そりゃわしの手品の一つなんだよ。こちらへどうぞ、全部話してあげよう」
そういうとオズは、玉座の間の奥にある小部屋にみんなを案内したので、みんなそのあとについていきました。オズが指さした隅っこには、あの大きな頭が転がっていましたがそれはいろんな厚さの紙でできていて、顔が入念に描いてあったのです。
「これを針金で天井からつるしたんだよ。そしてわしはあのついたての後ろに立って糸をひき、目玉を動かしたり口をぱくぱくさせたりしたんじゃ」
「でも声はどうなの?」とドロシーは追求します。
「ああ、わしゃ腹話術師なんだよ」と小男はいいました。「声をどこにでも飛ばせるから、あんたも声が頭から出ているように思ったわけだ。あんたたちをだますのに使った仕掛けはこれだ」かかしには、きれいな女性のふりをしたときに着たドレスと仮面を見せました。そしてブリキの木こりは、自分の見たおそろしい獣が毛皮をたくさん縫い合わせただけのもので、脇腹をふくらませる小割板が入っているだけなのを見ました。そして火の玉はというと、にせ魔法使いはそれも天井からぶら下げていたのです。実は綿の玉でしかなかったのですが、油を注ぐとその玉がごうごうと燃えるのです。
かかしがいいました。「まったく、こんなペテンばかりで恥ずかしく思わないのかい」
「いや――まったくその通り」と小男は悲しそうにいいました。「でもわしには他にどうしようもなかったんだよ。お座り、おねがいだから。椅子ならたっぷりある。わしの身の上話をしてあげよう」
そこで腰をおろしたみんなが聞かされたのは、こんなお話でした。
「わしはオマハ生まれで――」
「まあ、カンザスからそんなに遠くないところよ!」とドロシーは叫びました。
「うん、だがここからはずっと遠いんじゃよ」とオズは悲しそうに頭をふりながら言いました。「大きくなってから腹話術師になって、これはえらい師匠に鍛えてもらったんじゃよ。どんな鳥でも獣でも真似ができる」ここでオズはほんとに子ネコそっくりにニャアと鳴いて見せたので、トトは耳をあげて、ネコがどこにいるのかそこらじゅうを見回しました。「しばらくしてそれにも飽きて、わしは気球師になったんじゃ」とオズは続けます。
「というと?」とドロシー。
「サーカスの日に気球で空にあがり、人をたくさん集めてサーカス見物にお金を出させるんだよ」とオズは説明しました。
「ああ、あれね」とドロシー。
「うん、ある日気球で上がると、綱がよじれて降りられなくなったんだよ。気球は雲のはるか上にあがって、あがりすぎたので気流にあたって何キロも流されたんだよ。丸一昼夜も空中を旅して、二日目の朝に目を覚ますと、気球は見慣れない美しい国の上をただよっていたんじゃ。
気球はだんだんおりてきたので、わしは怪我一つなかった。でもまわりは見慣れぬ人ばかりで、その人たちは雲からおりてきたわしを見て、大魔法使いだと思ったんじゃよ。もちろん、わしはその誤解をといたりはしなかった。みんなわしを恐れて、こちらの望みを何でもかなえると約束してくれたもんでな。
単なる座興と、善良な人々を手持ちぶさたにしないために、わしはみんなにこの都と宮殿を造るように命じたんじゃ。みんな喜んで立派に仕上げてくれたよ。そしてわしは、この国が緑にあふれて美しいので、エメラルドの都と呼ぼうと考えた。そしてその名前にもっとふさわしいように、みんなに緑のメガネをかけさせたので、見たものがすべて緑色に見えるようになったわけだ」
「でもここでは何でも緑色じゃないんですか?」とドロシーがたずねました。
「いやいや、他の都市と同じだよ」とオズ。「でも緑のめがねをかけたら、まあもちろん目に入るものはなんでも緑色に見えるわな。エメラルドの都はもう何年も前に建てられたんだよ、わしが風船に運ばれてきたときには若者だったし、いまやもう老人だ。でもここの人々はもう長いこと緑のめがねをかけているので、ほとんどの人は本当にここがエメラルドの都だと思っているし、確かにここは美しい場所で、宝石や貴金属もたくさんあって、人を幸せにするよいものならなんでもある。わしは人々によくしてきたし、みんなわしが好きじゃ。でもこの宮殿ができてからというもの、わしは閉じこもってだれにも会っていない。
わしがとてもおそれていたのが魔女たちだ。わしは何の魔力も持ってはいないが、魔女たちは本当に不思議なことができるのだということがやがてわかったからな。この国には四人の魔女がおり、それぞれ東西南北に住む人々を支配しておる。ありがたいことに、北と南の魔女たちはよい魔女だし、わしに危害を加えないのもわかっとった。だが東と西の魔女はとんでもなく邪悪で、わしが自分たちより強力だと思わなければ、まちがいなくわしを倒しただろう。そんなわけで、わしは何年もびくびくしながら暮らしておった。だからあんたの家が東の邪悪な魔女の上に落っこちたときいて、わしはどんなにうれしかったかわかるじゃろ。あんたがここへきたとき、わしはもう片方の魔女さえかたづけてくれればどんな約束でもするつもりだった。でもあんたが西の魔女をとかしたいま、恥ずかしながら約束は果たせんのだよ」
「あなたはとても悪い人だと思うわ」とドロシー。
「いやいやおじょうちゃん。わしはとても善人だよ。ただダメな魔術師ではあることは認めねばならんな」
「ぼくに脳をくれることはできないんですか?」とかかしがたずねました。
「そんなものいらんよ。あんたは毎日何かを学んでおる。赤ん坊は脳みそを持っているが、大してものを知らん。知識をもたらすのは経験だけだし、この世にいれば経験は確実に手に入る」
「それはその通りかもしれないけれど、でもあんたが脳みそをくれるまでぼくは不満だな」とかかし。
にせ魔法使いは、じっくりとかかしをながめました。
「ふむ」とオズはため息をつきながら言いました。「わしは言ったとおり、大した魔術師ではない。でも明日の朝にここにきたら、あんたの頭に脳みそをつめてやろう。でもその使い方は教えられんぞ。それは自分で見つけるしかない」
「ああ、ありがとう――ありがとうございます!」とかかしは叫びました。「使い方なら見つけますとも、ご心配なく!」
「でもわたしの勇気はどうなる?」とライオンは不安そうにたずねます。
「勇気ならたっぷりお持ちだよ、まちがいなく」とオズは答えました。「あとは自信を持てばいいだけのことだ。危険に直面したときにこわがらない生き物なんかいやしない。本当の勇気とは、こわくても危険に立ち向かうということなんだよ。そういう勇気なら、あんたはたっぷり持ってるじゃないか」
「そうかもしれないが、それでもやっぱりこわいんだよ。自分がこわいことを忘れられるような勇気をもらわないかぎり、わたしも大いに不満だぞ」とライオン。
「しょうがない。では明日、その手の勇気をあげよう」とオズが答えます。
「わたしの心は?」とブリキの木こり。
「なんと、それはだな、心をほしがるほうがまちがっとると思うぞ。ほとんどの人は心のおかげで不幸になっとる。それを知ってれば、心がなくて運がいいのもわかる」とオズ。
「それは人それぞれの意見ってやつでしょう」とブリキの木こり。「わたしはといえば、心さえもらえたら不幸なんかいくらでも文句をいわずに耐えましょう」
「しょうがない」とオズは弱々しそうにいいました。「明日おいで。そうしたら心をあげる。もう何年も魔法使いを演じてきたんだから、もう少し続けることにしようかね」
「そしてあたしはどうやってカンザスに帰れるの?」とドロシー。
「それはちょっと考えてみないとな」と小男は答えました。「二三日考えさせとくれ。なんとか砂漠をこえてあんたを運ぶ手を考えてみよう。その間、あんたたちはわしのお客として扱われ、この宮殿に暮らす間はわが臣民たちがあんたたちに仕え、どんな望みにでもしたがってくれる。この手助けのかわりとしてわしがお願いするのはただ一つ――こんなざまなもんでな。わしの秘密を守って、ペテン師だとだれにもいわないでほしい」
みんな、ここで知ったことを何も言わないことに同意して、期待に胸をおどらせて部屋に戻りました。ドロシーですら、彼女の呼ぶ「ひどい大ペテン師」が自分をカンザスに送り返す方法を見つけてくれるという希望をいだいていましたし、もしそれができれば、すべてを許してあげてもいいと思っていました。
目次にもどる
翌朝、かかしは友人たちにこういいました。
「お祝いしておくれ。これからオズのところにいってついに脳みそをもらうんだ。戻ってきたら、他の人並みになってるぞ」
「もともとそのままのあなたが気に入っていたのに」とドロシーはあっさりいいました。
「かかしを気に入ってくれるとはご親切にどうも。でも新しい脳みそが生み出すすばらしい考えをきいたら、ぼくにまちがいなく一目おくようになるよ」とかかしは言って、みんなに楽しげにさよならを告げると玉座の間にむかい、ドアを叩きました。
「お入り」とオズ。
かかしが部屋に入ると、小男は窓辺にすわってじっと考えこんでいます。
「脳みそをもらいにきましたよ」とかかしは、ちょっと不安に思いながらも言いました。
「おおそうだね。そこの椅子におすわり。ちょっと失礼してあんたの頭をはずすが、脳をちゃんとした場所に入れるにはこうするしかないもんでな」
「かまいませんよ。次に取り付けたときにましなものになってるなら、どうぞ頭をはずしてくださいな」とかかし。
そこで魔法使いはかかしの頭をはずし、わらを全部取り出しました。そして裏部屋に入ると飼料(しりょう) をいっぱい取り出して、そこにたくさんの針やピンを混ぜました。それをしっかりゆすって混ぜると、かかしの頭のてっぺんにその混ぜものを詰めてから、残りの部分にわらをつめてそれを固定しました。
かかしの頭を胴体につけなおすと、オズはこう告げました。「これからあんたは偉大な人物になるぞ、あんたにあげたのは思慮(しりょう)深い脳みそだからな」
かかしは最大の望みがかなえられたので嬉しくもあり、誇らしくもありましたので、オズに心から感謝して友だちのところに戻りました。
ドロシーはおもろそうにかかしをながめました。頭のてっぺんが脳みそでかなりふくれあがっているのです。
「気分はいかが?」
かかしはまじめそうに答えました。「実に賢い気分だよ。脳みそになれたらもうなんでもわかるはず」
「なんで頭から針やピンが突きだしてるんだい?」とブリキの木こり。
「鋭い頭の証拠だよ」とライオン。
「ではわたしもオズに心をもらってこなければ」と木こりは言いました。そして玉座の間に向かうと戸を叩きました。
「お入り」とオズが呼ぶと木こりは部屋に入って「心をもらいにきました」と言いました。
「よかろう」と小男。でも胸を切って穴をあけないと、心をちゃんとした場所に入れられないんだよ。痛くないといいがな」と小男は言いました。
「いやいや。何も感じませんよ」と木こり。
そこでオズは金切りばさみを取り出して、ブリキの木こりの胸の左側に、小さな四角い穴を開けました。それからひきだしのついたたんすのところへ行くと、きれいな心を取り出しました。それは全部絹でできていて、おがくずがつまっています。
「なんともきれいじゃないか?」
木こりはおおいに喜びました。「ええ、本当にきれいです! でもやさしい心なんでしょうか?」
「ああそりゃもう!」とオズは答えて、心を木こりの胸に入れると、切り抜いたブリキをもとに戻して切り口をきれいにハンダづけしました。
「そら。これであんたはだれでも誇りに思うような心の持ち主だ。胸に継ぎをあてなきゃならなかったのはご愁傷様だが、ほかにどうしようもなくてな」
「継ぎはかまいませんよ」と幸せな木こりは叫びました。「心から感謝しますよ、ご親切は決して忘れません」
「なんのなんの」とオズは答えます。
そしてブリキの木こりは友人たちのもとへと戻り、みんな木こりの幸運を心底喜んであげたのでした。
こんどはライオンが玉座の間に向かい、ドアを叩きました。
「お入り」とオズ。
「勇気をもらいにきましたよ」とライオンは部屋を入るなり宣言しました。
「よろしい。あげよう」と小男は答えます。
オズは食器棚へ行くと、高い棚にある四角い緑のびんをおろして、その中身を美しい彫り物のされた緑金色のお皿に注ぎました。それを臆病ライオンの前におくと、ライオンはそれをくんくんかいで気に入らない様子でしたが、魔法使いはこう言いました。
「お飲み」
「これはなんです?」とライオン。
「うむ。あんたの中にあったらこれは勇気になる。もちろんご存じの通り、勇気はつねにその人の中にあるんだよ。だからこれはあんたが飲まないと勇気とはいえない。というわけで、さっさと飲むようにおすすめするぞ」
ライオンはもうためらうことなく、お皿を飲み干しました。
「気分はどうだね」とオズ。
「勇気りんりん」とライオンは答え、大喜びで友だちのどころに戻って身の幸運を語るのでした。
オズは一人になると、かかしやブリキの木こりやライオンに、ずばり自分たちがほしいと思ったものをあげるのに成功したことを考えてにっこりしました。「こういう連中がみんな、できないとだれでも知ってることをやらせようとするんだから、こっちだってペテン師になるしかないだろうが。かかしとライオンと木こりを幸せにするのは簡単だった。だって、わしが何でもできると思いこんでおったからな。でもドロシーをカンザスに送り返すには、想像力だけじゃ無理だし、どうすればいいのかわからないことしかわからんぞ」
目次にもどる
三日にわたって、ドロシーにはオズから何の連絡もありません。少女にとっては悲しい日々でした。でも友だちはみんな、とっても幸せで満足していました。かかしは、頭の中にすばらしい考えがわいてくると話します。でも、自分以外にはだれもわからないから、とそれを話してはくれません。ブリキの木こりがそこらを歩くと、胸の中で心がガタガタ言っているのが感じられました。そして木こりに言わせると、それは木こりが肉だった頃にもっていたものよりも優しく繊細な心なのだそうです。ライオンはもうこの世の何もこわくなく、どんな軍隊でもおそろしいカリダを一ダースでも喜んで相手にするぞと宣言しました。
こうして一行のそれぞれは、ドロシー以外みんな満足しておりましたが、ドロシーは前にもましてカンザスに帰りたくてたまりませんでした。
四日目に、オズがよびにきたのでドロシーは大喜びでした。そして玉座の間に入ると、オズは気持ちよく歓迎してくれました。
「おすわり、おじょうちゃん。ここから連れ出してあげる方法が見つかったと思うよ」
「カンザスに戻れるの?」ドロシーはわくわくしてたずねました。
「うーん、カンザスかどうかはわからん。それがどっちにあるものやら、皆目見当もつかないもんでな。でもまずは砂漠を越えることだ。そうすれば家に帰り着くのは簡単だろう」
「どうやって砂漠を越えるの?」ドロシーは問いつめます。
「うん、思うにだな、この国にわしがきたときは気球にのってやってきた。あんたも竜巻に運ばれて、空からやってきただろう。だから砂漠越えのいちばんいい方法は、空だと思うんだ。さて、竜巻を起こすのはわしの手には余る。だがよく考えてみたんだが、気球なら作れると思うんだよ」
「どうやって?」とドロシー。
「気球は絹でできていて、ガスを逃がさないようにのりを塗ってあるのだよ。この宮殿に絹はたくさんあるから、気球づくりは簡単だ。でもこの国中のどこにも、気球を浮かすのに詰めるためのガスがない」
「浮かばなければ役には立たないわ」とドロシーがいいます。
「その通りだよ。でも浮かばせる方法がもう一つあって、それは熱い空気を入れることだ。熱い空気はガスほどはよくない。空気が冷えたら、気球は砂漠におりてしまって、わしらは迷子になっちまう」
「わしら!」と少女は叫びました。「あなたもいっしょにくるんですか?」
「うんもちろん。わしもこんなペテン師でいるのは飽きた。この宮殿から外に出たら、やがて臣民たちはわしが魔法使いでないのを知って、だましたわしに腹をたてるだろう。だから一日中ここの部屋に閉じこもってなきゃならんので。退屈でかなわん。いっしょにカンザスに戻ってサーカスに入るほうがずっといい」
「喜んでごいっしょにどうぞ」とドロシー。
「ありがとう。さて、絹を縫うのを手伝ってくれないか。気球づくりにとりかかろう」
そこでドロシーは針と糸を手にとって、オズが絹の帯を正しい形に切るがはやいか、それをきれいに縫い合わせたのです。最初は薄緑の絹で、次は濃い緑の帯、そしてエメラルドグリーンの帯。というのもオズは気取って、風船をさまざまな濃さをもった身の回りの色にしようと思ったからです。帯を全部ぬいあわせるには三日かかりましたが、完成すると長さ7メートル以上の大きな緑の絹の袋ができました。
それからオズは内側にうすい糊をぬって膜をつくって空気がもれないようにして、それから気球ができたと宣言しました。
「でもわしらが乗るためのかごがないとな」というと、緑のひげを持った兵隊に、大きなせんたくかごをを持ってこさせまして、それをたくさんの縄で気球の底につなぎました。
準備万端ととのうと、オズは臣民に対して、雲の中に住む大兄弟魔法使いを訪ねると宣言しました。そのしらせは町中にすぐ広まって、みんなそのすばらしい光景を見物にきました。
オズは気球を宮殿の前に運ばせて、みんな物珍しそうにそれをながめます。ブリキの木こりが薪の山を切ってきて、たき火をおこし、オズは気球の底を火の上にもってきて、そこからたちのぼる熱い空気が絹の袋に入るようにしました。やがて気球はふくれあがって宙に浮き、とうとうかごがやっと地面にふれているだけとなりました。
そしてオズはかごに入ってから、みんなに大声で言いました。
「ではこれから訪ねるので出かけるぞ。留守のあいだはかかしがみんなを治める。わたしにしたがうのと同じようにかかしにもしたがうよう命令する」
そのときにはもう気球は地面につなぐ縄を強く引っ張っていました。中の空気が熱くて、外の空気よりもずっと重さが軽くなっていたので、空にあがりたくて引っ張るのです。
「ドロシー、おいで!」と魔法使いが叫びました。「急いで、気球が飛んでしまう!」
「トトが見つからないのよ!」ドロシーは子犬を残していきたくはなかったのです。トトは子ネコに吠えようとして群衆の中にかけこんでしまい、ドロシーはやっとのことでそれを見つけました。そして抱え上げると気球のほうに走っていきました。
あと数歩というところまできて、オズがかごに入るのを助けようと手を伸ばしていたのですが、そこで縄がぷつん! と切れて、気球はドロシーを待たずに宙にまいあがりました。
「戻ってきて! あたしも行きたいの!」とドロシーは叫びました。
「無理だよ、おじょうちゃん」とオズはかごから言います。「さようなら!」
「さようなら!」とみんなも叫び、みんなかごに乗った魔法使いのほうを見上げ、それが一瞬毎にどんどん空に上がっていくのを見送りました。
そしてみんながすばらしい魔法使いオズを見たのはそれが最後でした。オマハに無事ついたのかもしれませんし、いまもそこにいるのかもしれませんね。でもここの人々はみんな愛情をこめてオズを思い出しながら、こう言い合ったものです。
「オズはいつでもわれわれの友だなあ。ここにいたときにはこの美しいエメラルドの都を作ってくれたし、去ったときには国を治めるのに賢いかかしを残してくれたんだから」
それでも、何日にもわたってみんなすばらしい魔法使いがいなくなったことを嘆き、なかなか元気になりませんでした。
目次にもどる
ドロシーは、またもやカンザスに戻る希望が消えたのでおいおいと泣きました。でも考え直してみると、気球で空に舞い上がらなくてよかったと思いました。そしてオズがいなくなって悲しく思いまして、それは仲間たちも同じでした。
ブリキの木こりがやってきて言いました。
「美しい心をくれた人物のために嘆かなかったら、まさに恩知らずになってしまう。オズがいなくなったので少し泣きたいので、さびないように涙をぬぐってくれないかな」
「喜んで」とドロシーは答えてすぐにタオルを持ってきました。そしてブリキの木こりは数分ほど泣きまして、ドロシーは注意して涙を見張り、タオルでぬぐってあげました。終わると、木こりはていねいにお礼をいって、宝石をちりばめた油さしでたっぷりと油をさし、まちがいが起こらないようにしたのでした。
かかしはいまやエメラルドの都の支配者で、魔法使いではなくても人々はかかしをほこりに思っていました。「だって世界中どこをさがしても、詰め物をした人が治める町なんか二つとないからな」と言って。そしてかれらの知る限り、これはまさにその通りでした。
気球がオズといっしょに昇天した次の朝、四人の旅人たちは玉座の間に集まって話し合いました。かかしは大きな玉座にすわり、ほかのみんなは敬意をこめてその前に立っています。
新しい支配者は言いました。「ぼくたちは別に運が悪いわけじゃないよね。この宮殿とエメラルドの都はぼくたちのものだから、好き勝手にしていいんだし。ほんの少し前にはお百姓さんのトウモロコシ畑の中でぼうに突き刺さっていたのを思い出し、それがいまやこの美しい町の統治者だと思うと、ぼくは自分の身の上に大満足だよ」
「わたしもまた、自分の新しい心に大満足だ。そして実際、世界で他に何一つ望むものはなかった」
「わたしはといえば、自分がこの世に生まれたどんな獣に勝るとも劣らないくらい勇敢だと知るだけで満足だよ」とライオンは慎ましくいいました。
「あとはドロシーさえエメラルドの都に暮らすのに満足なら、みんな幸せになれるのになあ」とかかしが続けました。
「でもあたしはここには住みたくないのよ。カンザスにいって、エムおばさんとヘンリーおじさんといっしょに暮らしたいの」とドロシーは叫びます。
「うーん、だったらどんな手があるかな?」と木こりがききました。
かかしは考えることにしました。そしていっしょうけんめい考えたので、針やピンが脳みそから飛び出してきました。ついにこう言いました。
「翼ザルを呼んで、砂漠の向こうまで運んでもらったらどう?」
ドロシーは嬉しそうにいいました。「それは思いつかなかったわ! まさにそれよ! すぐに金の帽子を取ってくる」
それを玉座の間にもってきて呪文を唱えると、すぐに翼ザルの群れが開いた窓から飛び込んできて横に立ちました。
「二度目のお呼びですよ」とサルの王さまは、少女の前でおじぎしました。「お望みは?」
「いっしょにカンザスまで飛んでちょうだい」とドロシー。
でもサルの王さまはかぶりをふりました。
「それはできません。われわれはこの国だけの存在なので、ここを離れることはできないのです。カンザスは翼ザルの居場所ではないから、いままでいたことがありませんし、今後もないと思いますよ。できる限りのお手伝いは喜んでしますが、砂漠を越えることはできないのです。さようなら」
そしてもう一度おじぎをすると、サルの王さまは翼を広げて窓から飛び去り、群れもそのあとにしたがいました。
ドロシーはがっかりして泣きそうでした。「金の帽子の呪文をむだづかいしただけだったわ。翼ザルは役にはたてないって」
「それは残念至極だねえ」と心優しい木こりは言いました。
かかしはまた考えこんで、頭が実にひどくふくれあがったので、破裂するんじゃないかとドロシーははらはらしました。
「緑のひげの兵隊を呼んで、意見をきこう」とかかし。
そこで兵隊がよばれて、びくびくしながら玉座の間にやってきました。オズが生きているうちは、戸口から中に入ることは決して許されなかったからです。
かかしは兵隊にいいました。「この女の子は砂漠をこえたいんだって。手はあるかな?」
兵隊は答えました。「わたしにはわかりません。オズご自身以外はだれも砂漠をこえたことがないのですから」
「もうだれも助けてくれないのかしら」ドロシーは心からたずねました。
「グリンダならあるいは」と兵隊が提案しました。
「グリンダって?」とかかしがききます。
「南の魔女ですよ。あらゆる魔女の中で最強で、カドリングたちを治めています。それにグリンダの城は砂漠のふちに建っているから、越える方法も知っているかも」
「グリンダは確かよい魔女だったわよね?」と子供はたずねました。
「カドリングたちはよい魔女だと思っていますよ。みんなに親切ですし。聞いたところでは、グリンダは美しい女性で、何年も生きているのに若いままでいられる方法を知っているとか」と兵隊。
「その城にはどうすれば行けるの?」とドロシーがききました。
「まっすぐ南へ道をとるんです。でも旅人にとっては危険だらけの道だそうですよ。森には野生の獣がいるし、国をよそものが通るのをきらう変な人たちの種族もいるとか。だからカドリングはだれもエメラルドの都にきたことがないんです」
そして兵隊がそこを後にすると、かかしは言いました。
「どうも、危険はあるにしても、ドロシーにとっていちばんいいのは南の国に旅してグリンダに助けてもらうことのようだね。だってもちろん、ここにいたらドロシーは絶対にカンザスに帰れないものね」
「おやまた考えてたな」とブリキの木こり。
「そのとおり」とかかし。
「わたしはドロシーと行くよ。もうこの町は飽き飽きだ。森やいなかにまた行きたくてたまらないんだよ。わたしはホントは野生の獣なんだからね。それにドロシーはだれかがまもってやらないと」
ブリキの木こりも同意します。「確かにその通り。わたしの斧も役にたつだろうから、わたしもいっしょに南の国へ行こう」
「ぼくたちの出発はいつだい?」とかかしがたずねます。
「きみも行くの?」みんなびっくりしてききました。
「もちろん。ドロシーがいなければ、ぼくは絶対に脳みそを手に入れられなかっただろう。あのトウモロコシ畑のさおから持ち上げて、エメラルドの都につれてきてくれたんだ。だからぼくのツキはすべてドロシーのおかげだし、無事にカンザスに送り出すまではずっとついててあげるんだ」
ドロシーは感激して言いました。「ありがとう。みんなとても親切ね。でもできるだけはやく出発したいの」
かかしはすぐに答えました。「明日の朝に出発だ。ではみんな準備にかかろう。長旅になるぞ」
目次にもどる
次の朝、ドロシーはきれいな緑の少女にお別れのキスをして、みんな緑のヒゲの兵隊と握手をし、兵隊は門のところまでついてきてくれました。またもや出会った門の守備兵は、この美しい町をあとにしてまた面倒ごとにでかける一同をとても不思議に思いました。でもすぐにめがねの鍵をはずして、緑の箱におさめ、道中の無事をたっぷり祈ってくれたのです。
「あなたはもうわたしたちの支配者でいらっしゃるのですから」と守備へはかかしに言いました。「できるだけはやく戻ってきてくださいよ」
「できるなら確かにそうしよう。でもまずはドロシーがおうちに帰るのを助けないと」とかかしは答えました。
ドロシーは人のいい守備兵に最後のお別れをするにあたって、こう言いました。
「この美しい町ではとても親切な扱いを受けましたし、みんなとてもよくしてくれました。どれほど感謝しているか、口では言えないほどです」
「言うまでもないよ、おじょうさん」と守備兵は答えました。「わしたちもあんたに残って欲しいんだが、カンザスに戻りたいというんなら、道がみつかりますように」そして外壁の門を開けたので、みんな前進して旅に出発しました。
友人たちが南の国に顔を向けると、太陽がまばゆく照ります。みんな意気揚々で、笑ってはおしゃべりしました。ドロシーは再び家に帰れるという希望いっぱいで、かかしとブリキの木こりはドロシーの役にたてるのがうれしかったのです。ライオンはというと、新鮮な空気を喜んでかぎ、いなかにまたこられたという純粋な喜びでしっぽを左右にふるのでした。そしてトトはみんなのまわりを走ってガやチョウを追いかけ、いつも楽しげに咆えていました。
「都会の暮らしはまったく性に合わんよ」とライオンは、足早に歩きながら言いました。「あそこに暮らしてだいぶ肉が落ちたから、ほかの獣に自分がどれだけ勇敢になったかを見せたくてたまらないんだ」
みんなふりかえってエメラルドの都を最後にもう一度ながめあした。見えたのは、緑の壁の向こうにある塔や屋根のかたまりだけで、他のすべてのずっと上にはオズの宮殿の尖塔やドームが見えました。
「考えてみればオズはそんなに悪い魔法使いじゃなかった」とブリキの木こりは、胸の中でカタカタいう心を感じながらいいました。
「ぼくに脳みそをくれる方法も知ってたしね。それもとってもいい脳みそだよ」とかかし。
「わたしにくれたあの勇気を、オズも自分でのめばよかったんだ。そうすれば勇敢な人物になれたのに」とライオン。
ドロシーは何も言いませんでした。オズはドロシーとの約束は果たしてくれませんでしたが、できるだけのことはしてくれたので、許してあげることにしたのです。オズが自分でも言っていたように、だめな魔法使いではあっても、善人ではあったのですから。
初日の旅は、エメラルドの都の四方に広がる緑の草原と明るい花畑を通るものでした。その夜は草の上で眠り、頭上には星しかありません。そしてみんなしっかりと休みました。
朝になってみんなが旅を続けるうちに、深い森にやってきました。目の届く限り左右に広がっているので、よけて通るわけにもいきません。それに、迷子になるのがこわかったので、旅の方向は絶対に変えたくありませんでした。そこで森に入るのに楽そうな場所を探しました。
先頭にいたかかしは、やっとのことで枝を大きく広げた木を見つけました。広がった枝の下はみんなが通れそうなくらい開いています。そこでその木に向かって歩きましたが、最初の枝の下にきたとたん、それが曲がって下りてきて、かかしにからみつき、次の瞬間には地面から持ち上げられて、頭から旅仲間たちのところに放り出されてしまいました。
かかしはけがはしませんでしたが、びっくりはしまして、ドロシーが助け起こしたときにもちょっと目を回している様子でした。
「木のすきまならこっちにもあるぞ」とライオン。
「まずはぼくが試そう」とかかしが言いました。「ぼくは投げられても痛くないから」そう言いながら別の木のほうに歩きましたが、その枝もすぐにかかしをつかまえて、また投げ戻します。
「変ねえ。どうしましょう」とドロシー。
「木はわれわれと戦って、旅をじゃまするつもりらしいぞ」とライオン。
「ではわたしが試してみよう」と木こりは斧をかついで、かかしを手荒に扱った最初の木のところに向かいました。大きな枝が曲がってくると、木こりは思いっきり斧で斬りつけてまっぷたつにしてしまいました。すぐに木は、痛がっているかのように枝をぜんぶふるわせだし、ブリキの木こりはその下を安全に通り抜けたのです。
「おいで、急いで!」と木こりは他のみんなにどなりました。みんな走ってけがもせずに木の下を通り抜けましたが、トトだけは小さな枝につかまって、遠吠えするまでゆすぶられました。でも木こりはすぐにその枝を切り落とし、子犬を自由にしてあげました。
森の他の木は何もじゃまするようなことはしませんでしたので、枝を曲げられるのは最初の列の木だけなんだと思いました。たぶんあれは森のおまわりさんで、よそものを閉め出すためにあのような不思議な力を与えられているのでしょう。
旅人四人は楽々と木の間を歩きましたが、やがて森の向こう端にたどりつきました。すると驚いたことに、そこには高い壁があって、どうも白いせとものでできているようです。お皿の表面のようにつるつるで、みんなの頭よりも高い壁でした。
「さあどうしましょう?」とドロシー。
「はしごを作るよ。これはどうしても壁を越えるしかないもの」とブリキの木こり。
目次にもどる
木こりが森で見つけた木ではしごを作っている間、ドロシーは歩きっぱなしで疲れていたので横になって眠りました。ライオンもまた丸まって眠り、トトはその横に寝ていました。
かかしは働く木こりをながめながら、こう話しかけました。
「どうしてこの壁がここにあるのか、何でできているのか、さっぱりわからないよ」
木こりは言いました。「頭をやすめて壁のことは心配するなって。のりこえたら、向こう側に何があるかわかるんだから」
しばらくしてはしごが完成しました。見栄えはしませんでしたが、ブリキの木こりはそれがしっかりしていて、目的には十分だと確信していました。かかしはドロシーとライオンとトトを起こして、はしごができたと告げました。かかしが最初にはしごをのぼりましたが、とてもぶきっちょだったので、ドロシーがすぐ後ろからのぼって、かかしが落ちないようにしてやらなくてはなりませんでした。壁のてっぺんから頭を出したところで、かかしは「あらまあ!」と言いました。
「止まらないでよ!」とドロシーがうながします。
そこでかかしはさらにのぼって、壁のてっぺんにすわり、ドロシーもまた壁の上に頭を出して、かかしと同じように「あらまあ!」と叫びました。
そしてトトがあがってきて、すぐに吠えはじめましたが、ドロシーがそれをじっとさせました。
次にライオンがはしごにのぼりまして、ブリキの木こりが最後でした。でも二人とも壁の向こうを見たとたんに「あらまあ!」と叫びました。壁のてっぺんで一列にすわり、見下ろしていたのはとても不思議な光景だったのです。
目の前には、広い国が広がっていましたが、そこには大きなお皿の底みたいにすべすべで輝く白い床がありました。全部せとものでできた家がそこらじゅうにあって、実に明るい色で塗られています。とても小さな家で、最大のものでもドロシーの腰ほどしかありません。それにきれいな納屋もあって、せとものの柵で囲ってあります。そしてウシやヒツジやウマやブタやニワトリもたくさんいて、みんなせともの製で、群れになって立っているのです。
でもいちばん奇妙なのは、この変わった国に住む人々でした。乳しぼりの娘や羊飼いの娘たちがいて、明るい色のコルセットをつけて、上着のそこらじゅうに金の斑点がついています。そして実に豪華な銀や金やむらさきのフロックを着たお姫さまたち。そして羊飼いたちはひざまでの半ズボンをはき、そこにピンクと黄色と青のしまが縦に走っていました。くつの留め金は金色です。そして頭に宝石のついた冠をのせた王子様たちもいまして、アーミン毛皮のローブとサテンのダブレットを着ています。そしてしわくちゃの外とうを着たおもしろい道化師たちは、ほっぺたに丸い赤い斑点をつけて、背の高いトンガリ帽をかぶっています。そして何よりも不思議だったのは、これらの人はみんな、服もなにも全部せとものでできていて。とても小さくていちばん背の高い人でもドロシーのひざほどしかないということです。
だれも最初は旅人たちに見向きもしません。ただとても大きな頭をした小さいむらさきのせともの犬が壁のところにやってきて、小さな声で吠えていましたが、その後でまた駆け去ってしまいました。
「どうやっておりましょうか?」とドロシーがたずねました。
はしごは重すぎて引っ張り上げられませんでしたので、かかしが壁からころげおちて、みんなはかかしの上に飛び降りて、硬い床で足をけがしないようにしました。もちろんみんな、かかしの頭の上に着地して針が足にささらないよう苦心はしました。みんなが安全に降りてから、みんなは胴体がかなりぺしゃんこになったかかしを助け上げて、わらをたたいて元通りの形にしてあげました。
「反対側に出るには、この不思議な場所を横切るしかないわ。まっすぐ南に向かう道以外をいくのは賢明でないものね」とドロシー。
みんなはこのせともの人たちの国を歩きだしまして、最初に出会ったのはせとものの乳しぼり娘がせともののウシの乳をしぼっているところでした。近づいてみると、ウソはいきなり蹴りつけて、椅子とバケツと当の乳しぼり娘をけたおしまして、それがみんなせとものの地面に落ちてがちゃがちゃ大きな音をたてました。
ウシの脚が折れてしまい、バケツもいくつもの小さなかけらになって転がっていたので、ドロシーはそれを見てショックを受けました。かわいそうな乳しぼり娘も左のひじに傷がついていました。
「ちょっと!」と乳しぼりの娘は怒っていいました。「何してくれたのよ! ウシの脚が折れちゃったから、修理屋にいってのり付けしてもらわなきゃじゃないの。ここにきてうちのウシをおどかすなんて、どういうつもりよ!」
「本当にごめんなさい。許してね」とドロシーは答えました。
でもきれいな乳しぼりの娘は、カンカンで返事もしません。むっつりと脚をひろいあげるとウシを追い立てて、そのあわれな動物は三本脚でひょこひょこと歩いていきます。離れながらも、乳しぼりの娘は肩越しになんども恨めしげな視線をぶきっちょなよそ者に向けて、傷ついたひじをわきにしっかり抑えていました。
ドロシーはこの事故を大いに悲しく思いました。
「ここではとても気をつけないと」と心の優しい木こりがいいました。「このきれいな人々を傷つけたら立ち直れなくなるぞ」
ちょっと先には実にきれいな衣装のお姫さまがいましたが、よそ者たちを見ると手前で立ち止まり、逃げだしました。
ドロシーはもっと王女さまを見たかったので、走って追いかけました。でもせとものの女の子はこう叫びました。
「追いかけないで! 追いかけないで!」
その声は実におびえた小さな声だったので、ドロシーは立ち止まってききました。「どうして?」
「どうしてって」と王女さまも、安全なだけ離れたところで立ち止まってこたえました。「走ったら転んで壊れるかもしれないでしょう」
「でも修理できないの?」と少女。
「そりゃできますとも。でも修理の後では前ほどきれいじゃなくなりますから」と王女さまは答えました。
「それもそうね」とドロシー。
「ほら、あそこにジョーカーさんがいるわ。うちの道化師の一人よ」とせとものの婦人は続けました。「いつもさかだちしようとしているのよ。もう何度もこわれすぎて百カ所くらい修理されたから、ちっともきれいじゃないでしょう。ほらきた。ご自分の目でごらんなさいな」
確かに、陽気で小さな道化師が二人のほうに歩いてきまして、赤と黄色と緑のきれいな服をきてはいても、そこらじゅうひびわれだらけで、それが前後左右あらゆる方向に走り、いろんな場所を修理されていることをはっきり示していました。
道化師はポケットに手を入れて、ほっぺたをふくらませて生意気そうにうなずいてみせたあとで、こう言いました
「きれいなおじょうさん なぜこのあわれな老ジョーカーさんを じろじろごらんになるんだね? しかもまるで身動きもせず 妙にすましかえって 火かき棒でも飲み込んだかね?」
「おだまりなさい! この人たちはよそものなんだから、敬意をもって扱うべきなのよ!」
「なるほどこれが敬意でごぜーい」と道化師はきっぱり言って、すぐにさかだちしました。
「ジョーカーさんは気にしないでね」とお姫さまはドロシーに言いました。「頭にひどくひびが入っていて、そのせいでバカになってるのよ」
「あら、あたしはちっとも気にしないわ。でもあなたはとっても美しいわね」とドロシーは続けました。「とってもだいじにしてあげられると思うの。カンザスに持って帰って、エムおばさんの暖炉の上に置かせてもらえませんか? バスケットに入れて運んであげられるわ」
「そうしたらあたしはとても不幸せになるわ」とせとものの王女さまは答えました。「というのも、この国にいれば思いのままに暮らせて、好き勝手にしゃべったり動いたりできるわ。でもあたしたちがここから連れ去られると、関節がすぐにカチカチになって、まっすぐ立ってきれいに見えることしかできなくなるの。もちろん、暖炉やたなや居間のテーブルに置かれているときにはそれ以上のことは期待されてないのだけれど、でもこの自分たちの国にいたほうがずっと快適に暮らせるわ」
「あなたを不幸せにするなんて死んでもできないわ!」とドロシーは叫びました。「だからさようならと言うだけにします」
「さようなら」と王女さまが答えました。
みんなは注意してせとものの国を通り抜けました。小動物や人々もみんな、よそ者にこわされるのをおそれて、われさきに道をあけます。そして一時間かそこらで、旅人たちは国の反対側について、またせとものの壁につきあたりました。
でも最初のものほどは高くなかったので、ライオンの背中に立つとみんななんとかてっぺんによじ登れました。それからライオンがうんとしゃがんで、壁にとびのりました。でもちょうど飛んだところで、しっぽでせとものの教会をひっくり返し、こなごなに砕いてしまいました。
「あらあら」とドロシー。「でも本当のところ、ウシの脚を折って教会をつぶしだけで被害がすんだのは運がよかったと思うわ。みんなとってももろいんだもの!」
かかしも言いました。「確かにそうだね。じぶんがわら製で簡単にはこわれなくてありがたいよ。世の中にはかかしでいるよりひどいことってのがあるんだなあ」
目次にもどる
せとものの壁からおりた旅人たちは、沼や湿地だらけで、背の高い不愉快な草におおわれた、あまり気持ちのよくない国にやってきました。歩くとすぐに泥だらけの穴にはまってしまいます。草がおいしげっているので、穴が見えないからです。でも、注意深く道を探すことで、みんな安全に動き続けてしっかりした地面にまでやってきました。でもそこは前にもまして荒れていて、下草の中を長いことくたくたになりながら歩いたあとで、みんなはまた森にやってきましたが、そこの木はこれまで見たどれよりも大きくて古いのでした。
「この森は実にすばらしい」とライオンはうれしそうにあたりを見回してきっぱり言いました。「これほど美しいところは見たことがない」
「陰気に見えるけど」とかかし。
ライオンは答えました。「そんなことはぜんぜんない。ここでずっと暮らせたらなあ。足の下の落ち葉もやわらかいし、古い木にくっついたコケも深くて緑だろう。野生の獣としてはこれ以上に快適なうちは望めないよ」
「いまもこの森に野生の獣がいるかも」とドロシー。
「いるだろうね。でも一匹も見あたらない」とライオンは答えます。
暗くて前に進めなくなるまで、一行は森の中を歩いてゆきました。ドロシーとトトとライオンは横になって眠り、木こりとかかしはいつも通り見張りをしました。
朝になると、また出発です。さほど行かないうちに、低いざわめきが聞こえます。野生の動物がたくさんうなっているかのようです。トトはちょっと鳴き声をあげましたが、他のみんなはだれもこわがりませんで、踏み固められた道をたどるうちに、森の中の広場にやってきましたが、そこでは何百匹ものありとあらゆる種類の獣が集まっておりました。トラやゾウやクマやオオカミやキツネや自然の中のあらゆる動物がいて、一瞬だけドロシーはおびえました。でもライオンは、動物たちが集会を開いているのだと説明しまして、みんなのうなり声やうめき方からみて、みんなずいぶん困っているなと言います。
ライオンが話していると、獣たちのいちぶがそれを目にして、大集会は魔法のようにすぐに静まりかえりました。いちばん大きなトラがライオンのところにきて、おじぎをしてこう言います。
「百獣の王よ、ようこそ! われらの敵と戦って、森の動物に再び平和を取り戻していただくのに、実によいときにおいでくださいました」
「何を困っているのかね」とライオンは静かにいいます。
トラは答えました。「われわれみんな、最近この森にやってきた兇暴な敵におびやかされているのです。実に巨大な化け物で、大きなクモのようで、胴体はゾウのように大きく、脚は木の幹のように長いのです。その長い足を八本持つこの怪物は、森の中を這いまわって、脚で動物をつかまえて口元に運び、クモがハエを食べるように食べてしまうのです。この兇暴な生き物が生きているうちは、われわれだれも安全ではありませんので、どうやって身を守ろうかと集会を開いたときに、あなたが通りかかったのです」
ライオンはちょっと考えました。
「この森にはほかにライオンはいるのか?」とたずねます。
「いいえ。前はいましたが、化け物がみんな食べてしまいました。それに、そのどれも大きさといい勇敢さといいあなたにはかないません」
「わたしがその敵を始末したら、みんなわたしにひざまづいて、森の王者として言うことをきくか?」とライオンはたずねました。
「よろこんでそうしましょう」とトラは答えました。そして他の獣たちもすさまじい声をあげました。「そうしましょう!」
「このでかいクモとやらは、いまどこにいる?」とライオンはたずねました。
「あちらの、カシの木の向こうです」とトラは前足で方向を示しました。
「このわたしの友人たちの面倒をみておいてくれ。わたしはすぐにこの化け物と戦いにいこう」とライオンは言いました。
仲間にさよならを言うと、敵と戦うためにほこらしげにでかけていったのでした。
大グモは、ライオンが見つけたときには横になって寝ていました。実に醜い姿だったので、その対戦相手は気持ち悪くて鼻をそむけたほどです。脚はトラが言う通り長いものでしたし、からだはゴワゴワの黒い毛でおおわれています。大きな口には、長さ30センチもある鋭い歯が並んでいます。でもその頭とふくれた胴体とをつないでいる首は、ハチのウェストくらいの細さしかないのです。これを見て、ライオンはこの生き物を攻撃するいちばんいい方法を思いつきまして、目をさました相手よりは寝ている相手のほうが戦いやすいと承知していたので、大きくジャンプするとすぐに化け物の背中に着地しました。そしてその鋭い爪をむきだした、重い前足をひとふりして、クモの頭を胴体からたたき落としてしまいました。そして飛び降りてから、その長い脚がうごめかなくなるまで眺め、ちゃんと死んだことを確かめたのです。
ライオンは、森の獣たちが待っている広場に戻ると、誇らしげに言いました。
「もう敵をおそれる必要はないぞ」
すると獣たちはライオンに王として頭を下げまして、ライオンはドロシーが無事にカンザスに向かったらすぐに戻ってきて君臨することを約束しました。
目次にもどる
旅人たち四人は森の残りを安全にぬけて、暗い中から抜け出して見ると、目の前には急な丘があって、てっぺんからふもとまで大きな岩だらけです。
「これはのぼるのがむずかしそうだ。でもこの丘をこえるしかないなあ」とかかし。
そこでかかしが先にたち、ほかのみんなが後に続きます。最初の岩にたどりつきかけたとき、荒っぽい声が叫びました。「下がれ!」
「きみはだれ?」とかかしがききました。
すると岩の上から頭がのぞいて、さっきの声がいいました。「この丘はおれたちのもんだ、だれにも通らせないぞ」
「でもどうしても通らないと。カドリングたちの国にいくんだよ」とかかし。
「いかせはしないぞ」と声は答え、岩のうしろから出てきたのは、旅人たちが見たこともないほどヘンテコな人でした。
とても背が低くてどっしりしていて、大きな頭をもち、そのてっぺんは平らで、しわだらけの太い首がついています。でも腕はなくて、これを見たかかしは、こんな手も足も出せないような生き物ならみんなが丘にのぼるのを止めることはできないだろうと思いました。そこで「ご希望にそえないのは残念だけれど、きみたちがどう思おうと、ぼくたちはこの丘をこえなきゃならないだよ」と言うと、大胆に前進しました。
電光石火、男の頭が跳びだして、首がのび、平らな頭のてっぺんがかかしの胴体にぶちあたりまして、かかしはごろごろと丘を転がり落ちてしまいました。跳びだしてきたのと同じくらいすばやく頭は胴体に戻り、男はおそろしげに笑っていいました。「思ったほどかんたんじゃないぞ!」
騒々しい笑い声がほかの岩から聞こえまして、ドロシーがみまわすと、何百人もの腕なしトンカチ頭たちが、どの岩のかげにも一人ずついるのでした。
ライオンはかかしの不幸で生じた笑いに腹をたてまして、雷のようにとどろく大きな吠え声をたてると、丘をかけあがりました。
またもや頭がすごい勢いでとびだしてきて、大きなライオンは、大砲の弾で撃たれたかのように丘を転げ落ちてしまいました。
ドロシーはかけおりて、かかしを助け起こしました。ライオンも、かなりボロボロで疲れた感じでそこにやってまいりまして「頭の飛び出す連中と戦っても無駄だよ。だれにも耐えられない」と言います。
「じゃあどうしましょう?」とドロシー。
「翼ザルを呼ぼう。あと一回だけ命令できるんだから」とブリキの木こりが提案しました。
「そうね」とドロシーは金の帽子をかぶって魔法の呪文をとなえます。サルたちはいつもながらすばやく、すぐさま群れのみんながドロシーの前に立っていました。
「ご命令は?」と翼ザルの王さまが低くおじぎをしました。
「丘をこえてカドリングの国まで運んで」と少女は答えます。
「おおせのままに」と王さまはいって、すぐに翼ザルたちは四人の旅人とトトを腕にかかえ、いっしょに飛び去りました。丘の上を飛ぶとトンカチ頭たちは腹をたててどなりまして、頭を空高くうちあげましたが、翼ザルたちには届きませんで、ドロシーと仲間たちは安全に丘をこえて、美しいカドリングの国におろされたのです。
「あなたがわれわれを呼び出せるのはこれが最後でした。ですからさようなら、ご幸運を」と首領がドロシーに言いました。
「さよなら、どうもありがとう」と女の子は答えました。サルたちは空にまいあがって、一瞬でかき消えてしまいました。
カドリングの国は豊かで幸福そうです。どこまでも畑が広がって、穀物が実っています。その間にはきちんと舗装された道路が通り、きれいなさざめく小川にはしっかりした橋がかかっています。柵や家や橋はみんな真っ赤に塗られています。ウィンキーの国が黄色に塗られ、マンチキンの国が青だったのと同じです。当のカドリングたちは、小さくて太って、ぽちゃぽちゃして気のいい人々のようでしたが、みんな赤い服を着ていて、それが緑の草と黄色に熟しつつある穀物によく映えています。
サルたちはみんなを農場の近くにおろしてくれたので、旅人四人はその農家にいってドアを叩きました。それを開けたのは農夫の奥さんで、ドロシーが何か食べ物をくださいというと、その婦人はおいしい夕食をみんなに食べさせてくれて、ケーキは三種類、クッキーも四種類、トトにはミルクをくれたのでした。
「グリンダの城まではどのくらいですか?」と子供はたずねます。
「すぐそこだよ。南への道をいったらすぐに着くよ」と農夫の奥さんは言いました。
善良な婦人にお礼をいってから、みんなは元気を取り戻して、畑の横を歩き、きれいな橋をわたるうちに、目の前にとてもきれいなお城が見えてきました。門の前には娘が三人いて、金のふちどりをつけた、かっこいい赤い制服を着ています。ドロシーが近づくと、その一人がこう呼びかけました。
「南の国に何のご用?」
「ここを治めるよい魔女にお目にかかりに」とドロシーは答えました。「連れて行ってくれますか?」
「お名前をどうぞ。グリンダに、お会いになるかきいてきますので」そこでみんなは名を名乗り、兵隊娘は城に入っていきました。そしてすぐに出てくると、ドロシーとその仲間たちはすぐに中に通されることになったと言いました。
目次にもどる
でもグリンダに会いにいくまえに、みんなは部屋の一室に通されて。ドロシーは顔をあらって髪をとかしましたし、ライオンはたてがみからほこりをはらい、かかしは自分をたたいて精一杯かっこうよくして、木こりはブリキをみがいて関節に油をさしたのです。
みんな見栄えがするようになると、兵隊娘の後について、グリンダがルビーの玉座にすわる大きな部屋にやってきました。
グリンダは見るからに美しくて若かったのでした。髪は豊かな赤で、くるくると流れるように肩にかかっています。ドレスは純白ですが、青い目は優しそうに少女を見下ろしました。
「どうしたの、おじょうちゃん?」とグリンダはたずねました。
ドロシーは魔女に何もかも話しました。竜巻がオズの国につれてきたこと、仲間にどうやって出会ったか、そしてみんなが直面したすばらしい冒険のことなど。
「いまのあたしがいちばん望むのは、カンザスに戻ることなんです。エムおばさんはたぶん、何かあたしにひどいことが起きたんじゃないかと思うでしょうし、そうなったら喪に服そうとするでしょう。そして収穫が去年よりよくならないかぎり、ヘンリーおじさんにはとてもそんなお金はないはずなんです」
グリンダはかがみこんで、心優しい少女の上向きの優しい顔にキスしました。
「その優しい心に祝福を」とグリンダ。「カンザスに戻る方法なら確かに教えてあげられますよ」でもこうつけ加えました。「でも教えたら、金の帽子をわたしにくださいな」
「よろこんで!」とドロシーは叫びました。「だいたいもうあたしには役にたちませんし、あなたはこれを手に入れたら、翼ザルに三回だけ命令ができるんです」
「そしてたぶんわたしが翼ザルたちの助けがいるのも、ちょうど三回だけだと思うわ」とグリンダはにっこりして答えました。
そしてドロシーは金の帽子をわたして、魔法使いはかかしに言いました。「ドロシーがいなくなったらどうするの?」
「エメラルドの都に戻ります。オズが支配者にしてくれたし、みんなもぼくが気に入っているんです。たった一つ心配なのは、トンカチあたまの丘をどうやってこえようかということです」
「金の帽子を使って、翼ザルたちにあなたをエメラルドの都の門まで運ばせましょう。人々からこんなにすばらしい支配者を奪ってはいけませんものね」とグリンダ。
「ぼくは本当にすばらしいんですか?」とかかしがたずねます。
「非凡ですよ」とグリンダが答えました。
ブリキの木こりのほうを向くとグリンダはたずねます。「ドロシーがこの国を去ったらあなたはどうするのかしら?」
木こりは斧によりかかってしばらく考えました。それからこう申しました。「ウィンキーたちはとても親切にしてくれたし、邪悪な魔女が死んだあとはわたしに国を治めてほしがっていました。わたしはウィンキーたちが好きですので、西の国に戻れたら、ずっとあの国を治められたらと思うのですが」
「翼ザルへの第二の命令は、あなたをウィンキーたちの国に安全に運ぶことです。脳みそはかかしのものほどは目に見えて大きくないかもしれません。でもまちがいなく輝かしいですし――特に磨いたときにはね――ウィンキーたちをまちがいなく賢明かつ上手に治めることでしょう」
それから魔女は大きな毛むくじゃらのライオンを見ました。「ドロシーが自分のおうちに戻ったら、あなたはどうするの?」
「トンカチあたまの丘の向こうには、壮大な古い森がありまして、そこに暮らす獣たちはわたしを王さまにしてくれました。あの森に帰れさえしたら、そこで余生をとても幸せに過ごせるでしょう」
「翼ザルへの第三の命令は、あなたを森に運ぶことです。そうしたら金の帽子の力を使い果たしてしまいますから、帽子をサルの王さまに与えましょう。そうすれば翼ザルの群れは今後ずっと自由になれますから」
かかしとブリキの木こりとライオンは、よい魔女の親切に心からお礼をいいました。そしてドロシーも感激しました。
「あなたはお美しいだけでなく本当に善良なんですね! でもまだカンザスへの帰り方を教えてくれていません」
「その銀のくつが砂漠をこえてあなたを運んでくれますよ」とグリンダが答えました。「その力を知っていれば、この国についたその日にでもエムおばさんのところに戻れたんですよ」
「でもそうしたらぼくはこのすばらしい脳みそをもらえなかった!」とかかしが叫びました。「お百姓さんのトウモロコシ畑で一生をすごしていたかもしれない」
「そしてわたしも美しい心が手には入らなかった。あの森に立ってさびたままこの世の終わりを迎えたかも」とブリキの木こり。
「そしてわたしは永遠に臆病だったかもしれない。森中のどんな獣も、わたしについて何もいいことを言ってくれなかったかもしれない」とライオンもきっぱり言いました。
「みんなその通りだわ」とドロシー。「そしていいお友だちのお役にたてたのはうれしいと思う。でもこれでみんな、いちばん欲しかったものが手に入ったんだし、それにみんな治める王国を持てて喜んでいるんだから、あたしはそろそろカンザスに戻りたいんです」
よい魔女はいいました。「その銀のくつにはね、不思議な力がいろいろあるのよ。なかでもいちばんおもしろいのは、それが世界中のどこへでも三歩で運んでくれることで、その三歩のそれぞれは一瞬のうちに起こるのよ。あなたはかかとを三回うちあわせて、靴にどこへでも行きたいところへ運べと命令すればいいだけ」
「それなら、すぐにカンザスにつれて帰ってくれるように頼むわ」と子供は嬉しそうにいいました。
ドロシーは腕をライオンの首にまわすとキスをして、大きな頭をやさしくなでました。それからブリキの木こりにもキスをしましたが、こちらは関節にとって実に危険な形で泣いています。でもかかしのペンキの顔にはキスをしないで、やわらかいわらをつめたからだを抱きしめることにしまして、気がつくと愛すべき仲間たちとの悲しい別れで、ドロシー自身も泣いているのでした。
よいグリンダはルビーの玉座から立ち上がっておりてくると、少女にさよならのキスをして、ドロシーはグリンダが友人たちや自分に示してくれたいろいろな親切のお礼を言いました。
さてドロシーは重々しくトトをうでに抱きかかえると、最後にもう一度さよならを言ってから、くつのかかとを三回うちつけてこう言いました。
「おうちのエムおばさんのところにつれて帰って!」
すぐに彼女は宙を舞い、それがあまりに速すぎて、見えるのも感じられるのも耳をかすめる風の音だけでした。
銀のくつはたった三歩進んだだけで、そしてあまりに急に止まったので、草の上で何回か転げるまで自分がどこにいるのか気がつきませんでした。
でもゆっくりと、ドロシーは起きあがってあたりを見回しました。
「まあどうしましょう!」と叫びました。
というのもドロシーはひろいカンザスの平原にすわっていて、目の前にはヘンリーおじさんが、古い家を竜巻にもっていかれた後で建てた新しい農家があったからです。ヘンリーおじさんは納屋でウシの乳しぼりをしていて、トトはドロシーの腕からとびだして、すさまじく吠えながら納屋のほうに走っていきます。
立ち上がってみると、足はストッキングだけのはだしでした。銀のくつは空中飛行の途中でぬげてしまい、砂漠の中へ永遠に失われてしまったのです。
目次にもどる
エムおばさんはちょうど、キャベツに水をやりに家から出てきたところでしたが、顔をあげると自分に向かって走ってくるドロシーが目に入りました。
「愛しい子!」と叫んで、おばさんは少女を抱きしめて顔中にキスをしました。「いったいぜんたいどこからきたんだね?」
ドロシーは重々しく申しました。「オズの国からよ。そしてトトもいるわ。そして、ああエムおばさん! おうちに帰れてほんとうによかった!」
おしまい