ジョン・メイナード・ケインズ『雇用、利子、お金の一般理論』(1936)
アルフレッド・マーシャル『経済学原理』は現代のイギリス経済学者がみんな勉強に使った本ですが、そのマーシャルは自分とリカードとの思想的連続性を強調しようとして、ずいぶん苦労していたものです。その作業はもっぱら、限界原理と代替原理をリカードの伝統に接ぎ木しようというものでした。そして、ある決まった産出の生産と分配はきちんと考えたのですが、社会全体の産出や消費に関する理論は独立に検討しませんでした。マーシャル自身がそうした理論の必要性を感じていたか、私にはわかりません。でもその弟子や後継者たちは、まちがいなくそんな理論なしですませてきたし、どうやらそれが必要だとも思っていません。私はこういう雰囲気の中で育ってきました。自分でもそうした教義を教えたし、それが不十分だと意識するようになったのも、過去十年ほどのことでしかありません。だから私自身の思考と発展の中では、この本は反動の結果で、イギリス古典派(あるいは正統派)の伝統から離れるための変転を示すものです。以下のページではこの点と、そして教えを受けた教義からの逸脱点が強調されていますが、それはイギリスの一部では、無用にケンカ腰だと言われています。でもイギリスの経済学正統教義で育ってきた人物、いやそれどころか、一時はその信仰の司祭だった人物としては、プロテスタントに初めてなろうとする時に多少のケンカ腰の強調は避けられますまい。
でも日本の読者には、イギリスの伝統に対する批判など無用かもしれないし、そうした批判に反発することもないかもしれません。英語の経済学文献が日本で広く読まれているのは有名ですが、日本の論壇がそれをどう受け取っているかは、こちらではあまり知られていないのです。最近、東京の国際経済協会が東京再刊シリーズの皮切りとして、マルサス『政治経済原理』を再刊するという見上げた事業を実施したそうです。これはリカードよりはマルサスの流れをくむ本書が、少なくとも一部では好評をもって迎えられるのではという希望を抱かせてくれるものではあります。
いずれにしても東洋経済新報社が、外国語という余計なハンデなしに日本の読者にアプローチできるようにしてくれたことに感謝します。