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Robert Todd Carroll

SkepDic 日本語版
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無意識
the unconscious mind

無意識、あるいは潜在意識は、意識のうちの架空の部分で、抑圧された記憶を収めているとされる。抑圧の理論では、経験の中には思い出そうとするとたいへんな苦痛を伴うようなものがあり、そのためこうした記憶は地下室にしまい込まれてしまうのだ、と主張している。こうした苦痛を伴う抑圧された記憶は、神経症や精神病、あるいは夢といったかたちで現れるという。トラウマ経験が抑圧されるとか、あるいはこれらが神経症や精神病の原因であるとする説には、科学的根拠はない。

ユングタートなどは、無意識を超越的な真実の源泉だと考えられている。これが事実だとするような科学的根拠は、存在しない。

上に述べたような無意識という概念は、実証されたものではない。だがしかし、知覚認識すべてが自意識によるものではないというのが事実だとするような科学的データならば、大量にある。ある経験を自分では意識することなく経験したり、あるいはそうした経験をしたのに憶えていないといったことなら、ありうるだろう。こうしたことは、以下に述べるようないくつかの事例によって立証されるだろう。

1. 失明の否定。自分が失明しているにもかかわらず、そのことに気づかない脳障害の人の事例がある。

2. ジャーゴン失語症(錯覚性失語症)。意味不明なことをしゃべっているのに、そのことに気づかない脳障害の人の事例がある。

3. 心因性の視力喪失。ものが見えているのにそのことに気づかない、脳障害の人の事例がある。

4. 発話と言語の分離症状。発話によって言葉を伝えることができないのに、書き留めるなら正しくできるという脳障害の人の事例がある。さらに、こうした人たちは自分が何を書いたのかや、それが何を意味しているのかを憶えておくことができない。

だが、無意識と呼ぶのをやめて、代わりに“失われた記憶(lost memory)”とか“暗示的な記憶(implicit memory)”、あるいは“断片化された記憶(fragmented memory)”と呼ぶ方が、より正しいだろう。記憶が失われるのはトラウマ経験が抑圧されるからではない。記憶が失われるのは、脳の機能障害、経験の間の意識喪失、神経化学的アンバランス、不注意、認識の再構成、あるいは知覚的・情緒的・ホルモン的なオーバーヒートが原因なのである。トラウマを経験すればするほど、それを記憶として留めておく場合も多くなることは、経験的証拠が示している。トラウマは鮮烈な視覚的イメージを伴うことが多いが、こうしたイメージは海馬と左前頭葉下部を刺激して長期的な記憶となる。

神経科学によると、記憶とは、暗号化プロセスに関与する神経組織が、ひとまとまりに連結したものである。暗号化は脳のいくつもの部分で行われる。神経連絡は脳のさまざまな部分を互いに結んでいる;結びつきが強ければ強いほど、記憶も確実なものとなる。あるできごとが思い出されるのは、記憶のための神経連絡が生じる、脳のいずれかの部分が刺激されるためである。もし脳のある部分が傷ついたら、そこにあった神経が保持していたデータへアクセスすることはできなくなってしまう。一方、もし脳が健康で、なんらかのトラウマを経験する時にその脳の持ち主の意識がはっきりしてれば、そのできごとについてデータを失ってしまうことは、非常に幼い子供であるとか、あるいはあとで脳障害を受けたりしない限り、ほとんどない。

記憶を長い間保持するには、側頭葉内部で精密な暗号化がなされる必要がある。もし左前頭葉下部が傷ついたり、発育不全だったりしたら、精密な暗号化は致命的に困難になるだろう。幼い時分(3歳以下)には、脳のこの部位は発達してはいない。したがって、揺りかごの中や、あるいは子宮の中で得た記憶は正確だ、といった類の話は、非常に疑わしいのだ。だがその一方で、乳幼児の脳には、断片化された記憶を保持する能力がある。こうした記憶は明示的に想起されたり深く記憶されることはないが、影響を及ぼすものである。事実、記憶がそうと意図しないのにはっきりと現れるような状況は、クリプトムネシアなど、たくさんある。だがこうした無意識の記憶は、広く信じられているにもかかわらず、フロイトやユングが呼んだ無意識とはまったく異なるものだ。“フロイト・バージョンでは無意識の記憶はダイナミックな実在であり、抑圧しようとする力に対する争いに巻き込まれている;無意識は特別な経験であり、私たちのもっとも深い葛藤と欲求に関係している。... 暗示的な記憶は...こうした知覚や理解、行動といった毎日の活動の結果として、必然的に生じたものである”(Schacter, pp. 190-191)。暗示的な記憶は、フロイトのダイナミックな‘無意識の記憶’よりもずっと平凡なものだろうし、しかも生活のあらゆる面に現れるため、逆にもっと明瞭なものである。ダニエル・シャクターが書いているように、“もしなにかが自分の行動に影響を与えていると気づかないなら、私たちがそれ(無意識)を理解したり否定したりしようとしても、できることはほとんどない。”(p. 191)

記憶が失われるのは、ほとんどの場合、それらがけっして精密に暗号化されていたわけではなかったためだ。知覚とは、ほとんどの場合、ふるい分けと断片化を解消するプロセスである。私たちの興味や欲求は知覚に影響を及ぼすが、私たちが潜在的知覚データとして手に入れたものの大部分は、けっして処理されたりしないのである。さらに、処理されたデータの大部分もまた忘れ去られてしまう。記憶喪失というのは、べつにまれなことではなく、人間という生物種の標準的な状態なのである。私たちが不愉快な出来事を忘れるのは、べつにそれを思い出したくないからではない。私たちがものごとを忘れてしまうのは、もともとまともに知覚しなかったからか、それとも大脳皮質の頭頂葉(短期記憶あるいは活動性記憶)や側頭葉(長期記憶)で経験を暗号化しなかったからにすぎない。

なぜ自分が問題を抱えているのか見いだそうとして、あるいは超越的真実を見いだそうとして、無意識の世界へ入り込もうと生涯をささげている連中には、私はこう言ってやろう:あんたらは長い時間を無駄にしている。時間なら、記憶や神経科学の本を読むのに使った方がいい。

関連する項目:共依存(codependency)クリプトムネシア(cryptomnesia)催眠術(hypnosis)カール・ユング(Carl Jung)前世回帰療法(past life regression therapy)精神分析(psychoanalysis)抑圧記憶(repressed memory)抑圧記憶療法(repressed memory therapy)



参考文献

読者のコメント

Churchland, Patricia Smith. Neurophilosophy - Toward a Unified Science of the Mind-Brain (Cambridge, Mass.: MIT Press, 1986).

Sacks, Oliver W. An anthropologist on Mars : seven paradoxical tales (New York : Knopf, 1995). $10.40

Sacks, Oliver W. The man who mistook his wife for a hat and other clinical tales (New York : Summit Books, 1985). $10.40

Sacks, Oliver W. A leg to stand on (New York : Summit Books, 1984). $10.00

Schacter, Daniel L. Searching for Memory - the brain, the mind, and the past (New York: Basic Books, 1996), especially chapter 6, "The Hidden World of Implicit memory". $11.20 Review.

Copyright 1998
Robert Todd Carroll
Last Updated 11/17/98
日本語化 04/03/00

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