ジョン・メイナード・ケインズ『雇用、利子、お金の一般理論』(1936) 第 IV 巻:投資誘因
(山形浩生 訳
原文:https://bit.ly/quKKSi
いまや議論のいろいろな意図をまとめられるところまでやってきました。まず、経済システムのうちで私たちが通常は所与のものとするのがどの要素か、どれがシステムの独立変数で、どれが従属変数かを明らかにしておくと便利でしょう。
労働の既存の技能と量、使える設備の質と量、既存の技術、競争の度合い、消費者の嗜好や習慣、様々な強度の労働が持つマイナスの効用、監督活動と組織のマイナス効用、国民所得の分配を決める中で以下に説明する変数以外の力を含む社会構造は、所与のものと考えています。別にこれは、そうした要因が一定だと想定しているということではありません。単にこの場と文脈では、こうしたものの変化がもたらす影響や帰結は考えていない、ということです。
独立変数は、まずは消費性向、資本の限界効率表、金利ですが、すでに見た通りこれらもさらに分析できます。
従属変数は雇用量と、賃金単位で測った国民所得(または国民配当)です。
所与のものとして扱う要因は、独立変数に影響しますが、それを完全に決めるわけではありません。たとえば資本の限界効率表は、一部は所与の要因である既存設備量に依存しますが、一部は長期期待の状態にもより、これは所与の要因から導出はできません。でも他の要素の一部は、所与の要因がほぼ完全に決めてしまうので、そこから導かれたもの自体も所与と思ってしまってかまいません。たとえば、所与の要因を使うと、ある雇用水準に対応するのが、どの水準の賃金単位で測った国民所得かは導けます。ですから所与としている経済の枠組みの中で、国民所得は雇用量で決まり、つまりは現在生産に投入されている努力の量で決まり、この両者には一意的な相関があることになります1。さらに、総供給関数の形も導出できます。これは製品ごとに、供給の物理条件を内包するものとなります——物理条件とはつまり、賃金単位で測った有効需要に対応して、生産に投入される雇用の量が決まる、ということです。最後に、労働(または努力)の供給関数も与えてくれます。ですからとりわけ、どの点で労働全体としての雇用関数2が弾性的でなくなるかがわかります。
でも資本の限界効率表は、一部は所与の要因で、一部は各種資本的資産の見込み収益によります。一方、金利は一部は流動性選好の状態(つまり流動性関数)、一部は賃金単位で測ったお金の量によります。ですから時には、最終的な独立変数は以下の三つとなります:(1) 三つの根本的な心理要因、つまり心理的な消費性向、心理的な流動性に対する態度、心理的な資本的資産からの将来収益期待、 (2) 雇用者と被雇用者の交渉で決まる賃金単位、 (3) 中央銀行の活動で決まるお金の量。ですから、上で述べた要因を所与とすれば、ここに挙げた変数が国民所得(または配当)と雇用量を決めます。でもこれらはやはり、もっと分析ができるもので、ですから言わば究極の原子的な独立要素ではないのです。
経済システムの決定要因を、所与の要因と独立変数という二つに分類するのは、もちろんどんな絶対的立場から見ても、かなり恣意的です。この分類は完全に体験に基づいて行うしかありません。所与の要因は、変化が遅かったり関連性が低かったりして、私たちの求めるものに対して小さくて比較的無視できるような短期的影響しかなかったりするものです。独立変数は現実の中で、求めるものに対して支配的な影響を行使しているものです。目下の狙いはある時点で、何がその経済システムの国民所得を決め(ほぼ同じことですが)雇用の量を決めるのかということです。これはつまり、経済学のような複雑な研究では、変化が検討対象を主に決める要因について、完全に正確な一般化は期待できないということです。最終的な仕事は、私たちが実際に暮らすシステムにおいて、中央当局が意図的にコントロールしたり管理したりできるような変数を選ぶことではないでしょうか。
ではこれまでの章の議論をまとめてみましょう。要因は、これまで見てきたのと反対の順番で挙げていきましょう。
新規投資の率はそれぞれの資本的資産の供給価格を変え、それを見込み収益とあわせて考えたときには、資本全般の限界効率を、だいたい金利と一致させるようなところまで投資を増やそうという誘因が作用します。つまり、資本財産業の物理的な供給条件、見込み収益についての自信状態、流動性に対する心理的態度とお金の量(できれば賃金単位で測ったもの)が相互に作用して、新規投資の率を決めるのです。
でも投資の率が増加(または減少)すれば、それに伴って消費の率の増加(または減少)も起きなくてはなりません。なぜなら一般に人々の行動は、所得と消費との差を拡大(または縮小)したがるのは、所得が増加(または減少)する場合だけという性格を持つからです。つまり消費の率の変化は、一般に言って所得変化の率と同じ方向(ただし額は小さい)なのです。[所得増分と]、ある貯蓄増分とに必然的に伴う必要がある消費増分との関係は、限界消費性向で与えられます。この比率は、投資の増分とそれに対応した総所得の増分(どちらも賃金単位で計測)との間のものですが、これは投資乗数で与えられます。
最後に、もし(一次近似として)雇用乗数が投資乗数に等しいとするなら、前に述べた要因によってもたらされる投資率の増加(または減少)に乗数を適用して、雇用の増加を導けます。
でも、雇用の増加(または減少)は、流動性選好
ですから均衡位置は、こうした反響によって影響されます。そして他の反響もあるでしょう。さらには、上の要因は一つ残らずあまり予告なしに突然変わりがちですし、その変化はかなり大きかったりします。だからこそ実際の出来事の方向性は、すさまじく複雑なのです。それでも、切り分けると便利で有益な要因は、いま挙げたもののようです。上の仕組みにしたがって実際の問題を何でも検討してみれば、扱いやすくなることがわかるでしょう。そして実務的な直感(一般的な原理で扱うよりは、細かい事実の複合体を考慮できます)としても、作業を進めるにあたって扱いにくくない材料が得られるでしょう。
以上は一般理論のまとめです。もっとも経済システムの実際の現象は、消費性向や資本の限界効率や金利の特別な特徴によっても色づけられています。それらについては、体験からまちがいなく一般化できますが、でも論理的には必要ありません。
特に、私たちの暮らす経済システムの傑出した特徴として、産出や雇用は大幅な変動を起こすものの、極度に不安定ではない、ということがあります。実際それは、回復も見せないが完全な崩壊に明らかに向かうこともなく、通常以下の活動状態で慢性的に、ずいぶん長い期間とどまり続けることができるようです。さらに証拠を見ると、完全雇用またはほぼ完全雇用に近い状態ですら、まれで長続きしない出来事のようです。変動は力強く始まりますが、大きな極端に進む前に脱力してしまい、絶望的でもないが満足ともいえない中間的な状態が普通だということになります。変動が極端にまで進む前に脱力し、やがて逆転してしまうという事実にもとづいて、規則的な
さてこうした経験上の事実は必ずしも論理的必然性から出てくるわけではないので、そうした結果を生み出すのは、現代社会の環境と心理的性向なのだと想定しなければなりません。ですから、どんな心理的性向が安定したシステムにつながるかを仮想的に考えると役にたちます。そして現代の人間の性質に関する一般的な知識をもとにした場合、そうした性向がいま暮らす世界によって生じると考えられそうかを検討しましょう。
これまでの分析が示唆する安定条件で、観測事実を説明できるものは以下の通りです。
このように、この四つの条件をあわせれば、私たちの実体験で目立つ特徴を十分に説明できます——つまり景気は波をうつが、雇用と物価のどちらも、高くも低くもすさまじい極端に達することはなく、完全雇用より目に見えて低く、それ以下だと人命を危うくするような最低線よりも目に見えて高い範囲に変動はおさまる、という特徴です。
でもこの「自然」な傾向、つまりそれを修正すべく意図的な対策を講じない限り、いつまでも続きそうな傾向で決まる平均の位置が、必然の法則によって確立されていると思ってはいけません。以上の条件が何の障害もなく支配するというのは、現状または過去の世界の観察の結果でしかなく、変えることのできない必然的原理などではないのですから。
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