プラシーボ効果、プラセボ効果、偽薬効果
the placebo effect
薬を飲めば風邪は7日間
で治るだろう、
だが薬を飲まないと風邪は1週間も続くだろう。
プラシーボとは効果のない薬のことで、実験の対照として、あるいは患者
の心理的効果を期待して投与されるものである。プラシーボ効果とは、プラ
シーボを投与された人や被験者群に現れる、定量化や観察の可能な効果のこ
とである。
吸入剤と薬物を治療に用いているぜんそく患者について、対照研究をおこなうとしよう。ぜんそく患者のう
ち、一群には鍼治療を実施する。別の一群をさらに2つに分け、その一方に
は薬草療法を、他方にはプラシーボを実施する。鍼治療施用群の40%が、鍼を
うったあとは薬もステロイド系の吸入剤もいらないと主張したとしよう。こ
れはぜんそく治療における鍼治療の有効性を示す良い証拠かもしれない。だ
が、本当にそうだろうか?
薬草を処方した患者のうち42%は、薬草処置を受けたあとは薬もステロイ
ド系の吸入剤もいらないと主張するかもしれない。この場合、これはぜんそ
く治療における薬草療法が``効く''ことの良い証拠になるだろうか?プラシー
ボ群のうち38%が薬草処置を受けたあとは薬もステロイド系の吸入剤もいらな
いと主張したら、どうだろうか?
私たちはおそらく、すべての実験群で断定的な
証言をしてくれる被験者を得ることができるだろう。鍼治療や薬草療法
がぜんぞく治療に対して有意な影響を与え得たかどうか判定する場合、彼ら
の談話は等しく価値があるといえるだろう。もし処方のコストと潜在的な副
作用が懸念されるなら--これは``代替''療法信奉者の多くが懸念することで
ある--処方として選択されるのはきっとプラシーボにちがいない。
ここにあげたのは架空の一例だが、プラシーボ効果は架空の現象ではない。
H・K・ビーチャーは2ダース以上のプラシーボ研究を評価して、このうち1/3
ではプラシーボ効果によって治療効果が現れたという結果を算出している
("The Powerful Placebo," 1955)。プラシーボ効果はビーチャーが述べてい
ものより大きい、とする算出結果もある。
どんな処方や治療法やプログラムでも、それを有効だとする人たちの証言
は割り引いた上で聞くべきだ、ということをプラシーボ効果ははっきりと示
している。効果がプラシーボ効果や時間経過(による症状の変化)、自然寛
解、自分自身の免疫機構に起因するのではなく、処方そのものに起因するの
だと判定するには、対照研究をおこなわねばならない。諺にもある:
薬を飲めば風邪は7日間で治るだろうが、薬を飲まないと風邪は1週間も続
くだろう。
薬理活性を持たない薬がなぜ効くのかはよくわかっていないが、人の治療
に対する信仰や希望が暗示と結びついて生化学的作用を及ぼすのだと考えら
れている。私たちは知覚経験や思考が神経化学的メカニズムに影響を及ぼす
ことを知っているし、身体の神経化学機構がホルモンや免疫など他の生化学
機構と相互に影響し合っていることもわかっている。したがって、健康保全
や傷病からの回復にはその人の態度こそが最も重要だという主張には、おそ
らく多大な真実が含まれているのだろう。しかしプラシーボ効果の大部分は
分子の挙動に対する精神の優位性を示したものではない。これは行動に対す
る精神の優位性を示しているのだ。``病人''の行動の一部は学習されるもの
だし、痛みを抱えた人の行動もまた同様である。つまり、病人やけが人には、
ある種ロールプレイング的な要素があるのだ。もちろん、ロールプレイング
はべつに病人のふりをするということわけではない。仮病を使っているわけ
ではないのだ。そうではなく、病人やけが人の行動には、ある程度社会的文
化的要素があると言いたいのだ。行動を変えることで態度も変わるし、言動
や気分だって変わりうるのだ。
したがって、私たち懐疑論者はこのような理由から信仰や奇跡やいんちき
療法を拒否するけれども、その一方でこうした幻想には有益な効果がまった
くないわけでもないのだ。しかし、``これは効いてるんだ、なぜ効くのか知
ろうと知るまいと違いがあるもんか''と言う人たちに対して私は、もっとよ
く効くものがあるかもしれないし、理由はどうあれプラシーボや幻想では直
らない2/3の人たちに効くものがあるかもしれない、と反論しよう。それに、
プラシーボはいつでも有効で無害なわけではないのだ。John Dodes は述べて
いる:
患者はプラシーボ効果を使う非科学的療法師に依存するようになるこ
とがある。このような患者は想像上の``反応性''低血糖症や、ありもしない
アレルギー、イースト菌感染症、歯医者で詰めたアマルガムの``中毒''に罹っ
たり、気や宇宙人のエネルギーで操られていると信じ込むようになる。そし
て病気はある特定の治療師のもとで特定の治療を受けなければ治癒しないの
だと信じ込むようになる。
ようするに、プラシーボはいんちき治療への扉ともなりうるのだ。
関連する項目:その場しのぎの
仮説(ad hoc hypotheses)、コールド・リー
ディング(cold reading)、確証バイアス
(confirmation bias)、対照研究(control
study)、組織的強化(communal
reinforcement)、オッカムの剃刀(Occam's
razor)、因果の誤り(the post hoc fallacy)
、選択的思考(selective thinking)、
自己欺瞞(self-deception)、主観的な評価(subjective validation)、証言(testimonials)、ないものねだり(wishful thinking)
プラシーボ効果の影響を強く受ける信仰については、以下の項目
を参照のこと:
鍼治療(acupuncture) ``代替''療法 ``alternative'' health
practices アロマセラピー(aromatherapy)
クリスタルパワー(crystal power)
同種療法(homeopathy) リフレクソロジー(reflexology)
参考文献
Placebo: Theory Research, and Mechanisms, ed. Leonard
White, Bernard Tursky and Gary Schwartz (New York: Guilford Press,
1985).
Hartwick, Joseph J. Placebo Effects in health and Disease:
Index of new Information with Authors, Subjects, and References
(Washington, D.C.: ABBE Publications Association, 1996).
Stanovich, Keith E. How to Think Straight About Psychology,
3rd ed., (New York: Harper Collins, 1992).
Sternberg, Esther M. and Philip W. Gold. "The Mind-Body
Interaction in Disease," Scientific American,"
special issue "Mysteries of the Mind," (January
1997).
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